第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
形の良い笑った唇と、鋸状に尖った鋭い歯。
ぬらりと伸びる長い舌にえもいわれぬ色気を感じてしまい、シェラは唇を引き結ぶ。
「ん?なに?小エビちゃん食べたいの?」
シェラの視線に気づいたフロイドは、手を止めてシェラを見る。
「食べさせてあげよっかァ?」
まるで今シェラが考えていたことを見透かしたかのように、フロイドは唇の端を上げてニタァと笑うと、ずいっと顔を近づける。
ぞくっとするような、蠱惑的で悪い笑顔だ。
ヴィランの笑みを浮かべたフロイドはシェラの顎を掴むと、剥いたエビをシェラの口元まで持っていく。
「はい、あーん」
「じっ、自分で食べれます……っ」
周囲の寮生の視線を感じる。
顎をがっちり掴まれているから、顔を背けようにも難しい。
シェラは、ジッとフロイドを睨めつけたのち、こっそりと小さく溜息をつく。
こういうことをするからジェイドに〝濃厚な接触〟なんて言われるのだ。
観念したシェラは、エビをつまむフロイドの手に自分の手を添えると、まるでキスでもするかのように顔を僅かに傾けて、んあ、と口を開けた。
シェラの食べる様に、フロイドの顔からあくどい笑顔が消える。
瞼の上で悩ましげに光るパープルのシャドウは、シェラの伏し目がちな目元でしっとりとした色気を放っている。
すっと通った鼻筋から続くすっきりとした唇は、薄いピンクのルージュが塗られ、濡れたような艶をたたえている。
綺麗に並んだ歯と、変わらず初心なピンクの舌を覗かせると、シェラはエビを口の中へ迎え入れた。
時間としては一瞬だったのに、フロイドにはその一部始終がとてもゆっくり見えた。
唇を引き結び、生唾を飲んだフロイドの喉仏が動く。
シェラがフロイドのエビを食べる口の動きに色気を感じたように、フロイドの瞳にもシェラの食べるという一連の仕草がとても扇情的に映った。
食い入るように見つめていたフロイドの口元に、徐々に笑みが戻る。
「……あは。小エビちゃん食べ方ちょーえっちじゃん。かわいー」
誤魔化しも取り繕いもせず、フロイドは思ったことを率直にシェラへ伝える。
「人が食べてるところをまじまじと見つめた上に変なこと言わないでください……」
自分のことを棚に上げてシェラはフロイドをいなす。