第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
サーモンと一緒にベビーリーフを頬張る。
口の中に広がるドレッシングのさわやかな酸味とサーモンの旨味が絶妙にマッチしていて、ほう……とため息が出た。
「美味しいです……。このサラダにかかってるドレッシングってなんですか?これ、すっごく美味しい……」
今まで食べたことがないような味わいで、興味が湧いた。
市販されているのか、オリジナルなのか。もし売っているのなら買いたいし、フロイドが作ったのならレシピを教えて欲しい。
「ん?あぁ、それはねー、オレがテキトーにオリーブオイルとレモンと塩で味付けしたんだー」
「適当だとは思えないくらい美味しいですね。それに、少し甘い……?」
「今日は蜂蜜入れたい気分だったんだよねー」
「蜂蜜を入れたい気分ってなんですか」
つまり、シェフの気まぐれならぬ、フロイドの気まぐれサラダということだ。
適当と気分でここまで美味しい味付けが出来るとは、フロイドは料理までも天才型らしい。
ならば同じ味を求めるのは難しいだろう。少し残念だ。
シェラが食べ始めたのを見て、他のシフトメンバーもフロイドが作った賄いを各々自分の分を皿に取り分けて食べ始めた。
色々なところから上がった『うまっ……!』という感嘆の声に、シェラも心の中で頷く。
「ねえねえ、こっちも食べて?」
しゃくしゃくとサラダを咀嚼するシェラへ、フロイドはパエリアを取り分けた皿を渡してきた。
シェラはサラダを飲み込むと、フロイドからパエリアの皿を受け取る。
皿に乗った、美味しそうに調理された頭のついたエビと目が合う。
シェラはフロイドに小エビちゃんと呼ばれている。
なんだかんだ、不本意ではあるがエビには妙な親近感が湧いてしまう。
(…………)
だんだん皿の上のエビが『食べないで!』と目に涙を浮かべながら懇願しているように見えてきて、シェラはなんとも言えない哀愁のようなものを感じ始めてきた。
「あはっ。エビ同士がにらめっこしてるー!」
「失礼ですね」
シェラが眉間に皺を寄せていると、フロイドはグローブを外してシェラのパエリアの皿からエビをつまんで取った。
容赦無く、いや食材に容赦もなにも無いのだが、フロイドはエビの頭を捥ぐと、器用に殻を剥いて身を取り出す。
尻尾をつまんで、あーんと食べようとしているフロイド。