第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
スカラビアのふたりが帰った後も来店が続き、店内は閉店まで満席で賑わっていた。
驚いたのはカリム達以外にも、シェラのマジカメ投稿を見たと言って同じ1年生の何人かがシェラに会いに来てくれたことだ。
その中に、B組のジャック・ハウルもいたことには更に驚いた。正直意外だと思った。
シェラがそう思ったことを素直に伝えると、ジャックは『イソギンチャクの件があるからシェラがこき使われていないか見に来た』と言っていた。
心配して来てくれたのかと訊くと、ぶっきらぼうに否定していた。
どう考えてもそうとしか思えないのに、素直でない。素直でないが、嬉しかった。
終始慌ただしかったが特にトラブルも無く、ジェイドや他の給仕スタッフの助けもあり、無事シェラのモストロ・ラウンジのアルバイト初日が終わった。
「シェラさん、初日お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
営業が終わり、ボックス席のソファで一息ついているシェラへ、ジェイドは労いの言葉をかけた。
「シェラさんは教えたことの飲み込みが速いですね。この調子ですとトレーナーとして僕がつくのも1週間くらいで問題無さそうです」
「ジェイド先輩の教え方が丁寧だからです」
「おや。恐縮です」
謙遜のし合いをしていると、シェラの腹が『くぅ……』と可愛らしく鳴いた。
シェラとジェイドの間に沈黙が訪れる。
(タイミング……)
どうしてこう腹の虫はタイミングというものを華麗に無視するのか。
恥ずかしくなったシェラは、僅かに赤面しながら誤魔化すようにジェイドから目を逸らした。
そんなシェラをジェイドは微笑ましげに見つめると、ふわりと笑った。
「お腹が空いているようですね?」
「……はい」
誤魔化しは失敗に終わった。改めて言われるとちょっと恥ずかしい。
しかしジェイドは恥ずかしがるシェラを揶揄うことはせず、ただ上品な微笑みを浮かべていた。
「フロイドが『小エビちゃんの為に美味しい賄い作るー!』と言って張り切っていました。もう少しで出来ると思いますので、待っていてくださいね」
「はい。わかりました」
ジェイドはそう言うと、厨房の方へ歩いていった。
シェラはハットをとって、ストールもろともジャケットを脱いでソファに畳んで置いた。