第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
「はい。会計にはtaxの他にサービスチャージが含まれていますが、たまに別でチップをくださるお客様もいらっしゃいます。お店側としてはもうサービスチャージをいただいていますので、そのチップは全額シェラさんがもらってください」
「そうですか。なんだか慣れませんね……」
ひとまずチップをそのまま懐に入れることは悪いことではないと分かったシェラは安堵する。
するとジェイドは、そっとシェラの肩に触れ、柔らかな笑顔を見せる。
「少しずつ慣れていけばいいんですよ。チップを渡したくなるくらい貴女のサービスが良かったという意味ですから、自信を持ってくださいね」
「ありがとうございます」
接客スマイルが苦手でお世辞でも愛想が良いとは言えないし、特別なにかをしたわけではないと思うが、トレーナーのジェイドに褒められるとなんだか自信に変わってくる気がする。
華やかなメイクを施し美しく大変身したシェラを見られたことが、ハーツラビュルの彼らとしてはチップを渡すに値した、とジェイドは思ったのだが当の本人はそんなことには微塵も気づいていない。
そんなシェラを微笑ましく思ったジェイドは眉を下げた。
チップの話をしていると、スタッフを呼ぶ呼び鈴がフロアに響いた。
その音にフロアを見渡すと、ジャミルと目が合った。
「おや、カリムさん達がお呼びですね。シェラさん、お願いします」
「分かりました」
ジェイドに促されて、シェラはカリム達の席へ向かう。
「お待たせいたしました」
「シェラ、今日はありがとな!そろそろ帰るな!」
「わかりました。伝票をお持ちしますね」
テーブルには、飲み干された銀のカップがふたつ。
ジャミルとの約束通り、カリムはフードをオーダーしなかった。
「カリム先輩、ジャミル先輩、今日はありがとうございました」
シェラはハーツラビュルの彼等達にしたのと同じように、粛々と頭を下げて伝票をジャミルに渡した。
こういうものは主ではなく従者に渡すのが礼儀だと、シェラの記憶にあった。
「これで」
「ありがとうございます。お預かりいたします」
ジャミルはそう言って、1万マドル紙幣を伝票に挟んで渡した。
シェラは会計を受け取りつつ、やはり富豪は高額紙幣しか持たないのかな、なんて下世話なことを考えた。