第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
「……?なんですか?募金してくださるんですか?」
手に乗せられた硬貨をシェラは不思議そうな目で見つめる。
モストロ・ラウンジに募金箱なんてあったかな、なんてシェラは考えながら訊く。
そうしたらエースがぶはっと吹き出した。
「違うって!チップだよ、チップ!」
「……チップ?」
馴染みのない響きに、シェラの表情が固まる。
元いた世界の海の外にはチップを払う文化があると聞いたことはある。
そしてこの世界にもチップを払う文化があるらしいが、シェラの故郷にはない。
だからこういう時にどんな対応をしていいのかわからず、動揺してしまったシェラは無表情のまま瞬きを繰り返す。
「あーそっか!シェラの故郷にはチップの文化がないのかー。簡単に言うと、俺達の給仕をしてくれたシェラに対するお礼の気持ちってこと!」
シェラの故郷にチップの文化がないことに気づいたエースは分かりやすく説明してくれた。
「お礼もなにも……」
それが仕事ですから、と言おうとしたシェラの100マドル硬貨が5枚乗った手を、リドルがきゅっと握る。
「シェラ、もらってくれないかい?」
リドルは片目を瞑ってお願いするようにシェラへ言った。
シェラはリドルを見る。
ハーツラビュルの寮長であるリドルに言われたのなら、断るのも失礼な気がする。
「……ありがたく頂戴いたします」
「うん。そうしておくれ」
シェラはぺこりを頭を下げると、もらった5枚の100マドル硬貨をジャケットの胸ポケットにしまった。
シェラが受け取ったのを確認すると、リドルはにっこりと微笑んだ。
グリムとハーツラビュルの彼らが帰ったのを見送ると、シェラはカウンターで紅茶を用意しているジェイドの元へ戻った。
厨房にいるフロイドをちらりと見ると、ノリノリでフライパンを振るって食材を炒めていた。
「ジェイド先輩、チップをいただいてしまいました」
「おや。よかったではありませんか」
シェラがチップをもらったことを報告すると、ジェイドは特に気にした様子もなく、そのままシェラがもらうよう言った。
「お店のお金に入れなくてもいいんですか?」
チップなんてもらったことがないシェラは、本当にこのままもらっていいのか再度訊いた。