第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
カリムは特に何も気にした様子もなく、給仕のシェラにお礼を言った。
ジャミルは他の客とカップの材質が違うことに気づいたのか、無言でシェラを見つめる。
(ジャミル先輩は気づいたみたいだな……)
気づいたとて、こちらからそれについて言及することはない。
シェラは表情を変えずに頭を下げると、一旦退席した。
この日は客足が伸び、モストロ・ラウンジの店内は賑わっていた。
その中でシェラが担当したのは人数の多いエース達ハーツラビュルの席と、カリム達スカラビアの席。
フードのオーダーが比較的落ち着いていたからか、暇を持て余したフロイドが気分でラテアートを作り、来店客に提供していた。
ハーツラビュルメンバーにはトランプのスート柄のラテアートを作っていて、案外ホスピタリティが高いのだと思った。
当のフロイドは気分屋だから、全くそんなことを意識していないだろうが。
特にリドルのものは薔薇模様のラテアートで、シェラはその技術と器用さに驚いた。
リドルもそれには素直に感心していたし、ケイトは大喜びで写真を撮ってマジカメにアップしていた。
オーダーから1時間が過ぎ、ハーツラビュルの彼らにそろそろ帰ろうかという空気が流れ始める。
シェラはそれを察知すると、空いたカップを下げつつさりげなく会計を伺おうと彼らの元へ向かった。
「シェラ、今日はありがとな。俺達はそろそろお暇するよ」
「とんでもない。皆さん、今日は来てくれてありがとうございました。嬉しかったです」
代表してトレイがシェラにお礼と帰る旨を伝えた。
シェラは粛々と頭を下げると、控えめに伝票を渡す。
モストロ・ラウンジはテーブルチェック制で、会計はこの場でシェラが受け取ることになっている。
「……8600マドル、ちょうど頂戴いたします」
「ああ、シェラ、お待ち」
会計をちょうどもらうと、シェラはお金と伝票を持って退席しようとする。
そこへリドルが声をかけてシェラを引き止めた。
「手をお出し」
「?はい」
リドルに言われた通り、シェラはわけもわからず手を差し出す。
するとその手へ、リドルは100マドル硬貨を乗せた。
リドルだけでなく、トレイもケイトもエースもデュースも、同じように100マドル硬貨を乗せていく。