第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
「そう思う理由をお聞かせいただけますか?」
「……失礼だと感じられたら、ごめんなさい」
シェラ自身には、まったくそんなつもりはない。
しかし、受け取り方次第では無礼に聞こえるようなことを、シェラは言おうとしていた。
「いいえ。貴女はなにも考え無しに発言する方ではありません。気にせず、話していただけますか?」
ジェイドは頭ごなしに相手を否定しない。
シェラの断りを気にしないように言うと、シェラが話しやすいように表情を柔らかくする。
「はい。スカラビアで使っている食器はすべて銀でした。きっとカリム先輩のご実家かジャミル先輩がそうしたのでしょう。万が一にもありませんが、……銀はある物質で変色します」
ある物質――それは、砒素。毒のことだ。
魔法薬学の授業では、魔法薬の調合や材料となる薬草の効能だけでなく、同時に毒や劇薬についても教えられる。
身分のある人の食事には必ず銀食器が使われると、魔法薬学の授業でクルーウェルが話していた。
ジェイドの魔法薬学の知識は、アズールと比べて勝るとも劣らないという。
シェラが知っているくらいだから、ジェイドが知らないはずがない。
直接的な言葉でなくても、シェラの言葉が何を指し、どんな意図があるのかを汲み取れるはずだ。
そしてそう思った通り、シェラの発言の意図を理解したジェイドは、シェラの手を取り眉を下げ口角を上げてにやりと笑った。
「ふふっ。貴女は本当に聡明な方だ。信頼はこちらから勝ち取りに行く、という算段ですね。必要な場面で打算的な判断が出来るのも、また魅力的ですね。アズールが多少姑息な手を使ってでも引き込もうとしたのも頷けます」
(姑息な手……)
自分のところの寮長を思い切り貶すジェイドに、シェラはなんとも言えない表情になる。
「銀食器はこちらに保管されています」
ジェイドはシェラの提案を受け入れ、棚の1番下の引き出しから銀食器を取り出し、シェラに渡した。
曇りなく磨き上げられた美しい銀のカップにシェラの顔が映る。
銀に反応しない毒もあるが、誓って毒など入れていないという意思表示くらいにはなる。
「お待たせいたしました」
「ありがとな!」
シェラは水の入った銀のカップにカリムとジャミルの前に置く。