第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
「あぁー!ラッコちゃんとウミヘビくん!」
「おや、珍しいおふたりのご来店ですね」
ジェイドに背中を押され、シェラはふたりの元へ向かう。
「いらっしゃいませ。マジカメ見てくださったんですね。ありがとうございます」
「おう!……んん?シェラ、今日はメイクをしてるんだな!」
カリムはそう言いながら、メイクを施したシェラの顔をまじまじと見つめる。
そして、にぱっ、と無邪気に笑った。
「うん!似合ってて良いと思うぞ!」
「そうだな」
カリムの肯定に、ジャミルも口数少なく同調する。
「ありがとうございます」
普段から美しくメイクをしているふたりに褒められると、なんだか照れくさい。
内心そう思いながらも、それが表情に出ることはない。
かわりに口角をわずかに上げ、お礼を口にした。
「ご案内いたします。こちらへどうぞ」
シェラはカリムとジャミルをハーツラビュルの面々とひとつ空けた席へ案内した。
案内している最中でカリムが彼らを見つけ、明るく声をかけていた。
シェラは一旦退席すると、カウンターに戻っていたジェイドにある相談を持ちかけた。
「ジェイド先輩」
「はい。どうされました?」
「銀食器ってご用意ありますか?」
モストロ・ラウンジで使用している食器はすべてブランド物の高級品だという。
だが、銀食器の類はそれらよりも大変高価であり、手入れにも手間がかかる代物だ。
カップが並んでいる棚には見当たらず、シェラはそもそも用意があるのかをジェイドに確認した。
「銀……?少数ですが、ありますよ。しかしなぜ?」
用意はあるが、ジェイドはその理由をシェラに訊ねた。
会いに来たと言って来店してくれたのは嬉しいが、カリムを見た時にシェラにはある懸念が浮かんだ。
それを裏付けるような、ジャミルの気苦労が滲み出たあの表情。
カリムはジャミルが作ったものしか口にしないという話を聞いたことがある。
そんなカリムが、ジャミルの作ったもの以外を口にする時は〝安全〟であるという確証が必要なはず。
「……カリム先輩へは銀食器で出したほうが良いかと思いまして」
今日入ったばかりの新人が、出過ぎた真似をしているのかもしれない。
しかしジェイドは、シェラの言わんとしていることを理解したのか、感心したように眉を上げた。