第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
シェラは心の中でリドルを気の毒に思った。
6人分の水とおしぼりを用意し終わったところで、ジェイドがアズールを連れて戻ってきた。
ふたりはそのまままっすぐリドルのいる3番テーブルへ向かった。
フロイドも当たり前のようにふたりについて彼らの元へ向かう。
「これはこれは、ハーツラビュルの皆さん、本日はご来店誠にありがとうございます」
「皆さんお揃いで、僕達も嬉しいです」
アズールは寮長兼支配人らしく、慇懃な仕草と態度でハーツラビュルの彼らにお礼の言葉を口にする。
ジェイドも副寮長らしく、アズールと共に上品な笑顔を見せた。
「オレ様!このケーキセットが食いたいんだゾ!クリームたっぷりでめちゃくちゃ美味そうなんだゾ!!」
「モストロ・ラウンジはマジカメ映えなメニューが多いからねー!楽しみにしてるよっ!」
もはやシェラに会いに来たというより、純粋に食欲が勝っているグリム。
メニュー表を開いてテンションが上がっているグリムの顎を撫でつつ、ケイトはアズールとジェイドへアイドル顔負けのウィンクを投げた。
「ああ。それに、ジェイドの淹れる紅茶も美味いからな」
「お褒めいただき恐縮です」
トレイとジェイドは副寮長同士と交流があって仲も良い。
ジェイドはトレイの褒め言葉に対してにこやかに謙遜する。
「あはっ。カニちゃんサバちゃん、本当に金魚ちゃん連れてきてくれたんだねぇ。ありがとぉ!」
「おっす!」
「まぁ、約束でしたからねー」
フロイドがエースとデュースに向かって嬉しそうに声をかけた。
シェラと一緒にいると、フロイドと話す機会も増えるから、すっかり慣れた様子でエースとデュースはフロイドに接する。
「フッ……フロイド……、本当はキミがいる空間に自分から出向きたくなかったが……シェラが今日アルバイト初日だってエースとデュースが言うから仕方なくだね……」
〝あくまでシェラに会いに来たのであって、キミに会いに来たわけではない〟ということを強調して伝えるリドル。
相変わらずリドルのフロイドに対する苦手意識は相当なもので、露骨に嫌そうな顔をしている。
普段から振り回され揶揄われつづけているのだから、この表情は仕方のないものだろう。
「ふぅん……」