第2章 1. 図書館の攻防
「お昼寝するんじゃなかったんですか?そんなに顔をまじまじ見られると、ちょっとやりづらいです」
フロイドが机に伏したから寝るのかと思ったのに、やたら視線を感じる。
はぁ、と溜息をつきながら左隣を見ると、上機嫌で笑顔を浮かべているフロイド。
この笑顔だけ見ると温和で優しそうに見えるし、〝黙ってろ〟とか〝絞める〟とか物騒なことを言っている姿も想像出来ない。
だからこそ何を考えているか分からなくて怖いのだが。
「?小エビちゃんそれどこの言葉?」
シェラのノートを見たフロイドがあるものに興味を示した。
フロイドがじっと見つめる先には、几帳面に並ぶシェラの書いた文字。
「あぁこれは……私の故郷の文字です」
「へぇ、初めて見たぁ!なにこれ、3種類の文字を使い分けてるの?」
文字を見ては、これはなんて読むの、こっちは、と、まるであれなにこれなにが始まった幼子みたいでちょっと可愛いとシェラは思った。
ノートの端の方に、〝Floyd Leech〟と書いた下にシェラの故郷の文字で〝フロイド・リーチ〟と書いてあげると、いまいちピンと来ていないのかフロイドは難しい顔をしていた。
「私は元の世界にいた時と同じように喋ってるのに、話す言葉は全てこの世界のものになってるみたいなんです。文字だって初めから知ってるみたいに読み書き出来ますし、不思議ですよね」
シェラは静かに言う。
誰かに翻訳魔法をかけられた訳でもないのに、見ず知らずの世界へ召喚されたのにも関わらず、当たり前のように言葉にも文字にも不自由していない。まるで初めからこの世界で生まれ育ったかのようだった。
元の世界に帰る方法なんてあるのだろうか、記憶喪失なだけで元々この世界の人間なのではないか、朧げに覚えている元の世界の記憶は自分の妄想なのではないか、たまにシェラはそう考えてしまう時がある。
しかしシェラは、そんな考えが浮かんでもすぐに吹き消すようにしていた。
シェラだけが読み書きできる元の世界の文字について説明がつかないから。
それにここで悲観的になったら、自分自身の存在を否定しているような気がした。
その後、フロイドが話しかけてくることも無く、シェラはひとりで元の世界に帰る方法を探していた。