第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
アズールは支配人だからシフトの人数にはカウントされない。
シェラは勝手に、初出勤日はジェイドもフロイドもいるものだと思っていたから、シフトを渡された時にフロイドの名前が無く『あれ?』と思ったことが記憶に新しい。
「なになに?小エビちゃん、オレがいないとさみしーの?」
にやにやと笑いながら茶化すように言うフロイド。
シフトを見た時に、フロイドがいなくて残念だと思ってしまったのは事実。
図星でシェラは頬を僅かに赤らめながら表情を歪める。
「……解釈はお任せします」
しかし、『はいそうです』と認めずに、シェラは曖昧に濁す。
「あは。照れてる。顔赤い。かわいーね?」
「メイクです……」
と、言うが、チークは塗っていない。
少々無理のある言い訳をしながら、シェラはハットのつばを引いて顔を隠す。
〝かわいー〟と言って揶揄ってくることは以前からよくあったが、その時とは状況が違う。
シェラに自身の想いを伝えた今、フロイドは遠慮をしない。
好意を伝えるような言葉は、全て特別な意味を持って聞こえてくる。
「フロイド先輩」
ハットで顔を隠したまま、シェラはフロイドを呼んだ。
「んー?」
「美味しい賄い……、楽しみにしてます」
モストロ・ラウンジでのアルバイトが決まった時、『小エビちゃんの為に美味しい賄い作るねぇ』と言っていた、フロイドの嬉しそうな笑顔を思い出しながら、シェラは言う。
「……!あは、りょおかーい!楽しみにしててねぇ」
シェラの言葉に、フロイドの顔に笑顔が咲いた。
鼻歌でも歌い出しそうな様子に、シェラはハットの下でこっそりと表情を柔らかくする。
そんなふたりのやりとりを、隣にいたジェイドは笑顔を見せつつも困ったように眉を下げながら見つめていた。
モストロ・ラウンジのメインホールにつくと、既に今日のシフトメンバーの寮生達が集合していた。
彼らはシェラ達が入ってきたのを見ると、カウンターの前に集まった。
寮長のアズールを中心に統率がとれている。
いつもこのような感じで朝礼のようなものをしているのだろう。
「皆さん。今日からアルバイトしてオンボロ寮の監督生のシェラさんが働いてくださいます」
アズールがシェラを紹介すると、シェラは一歩前に出る。