第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
途中何人かのオクタヴィネル生とすれ違った。
予めアズールからシェラがモストロ・ラウンジでアルバイトを始めることを聞かされていたのか、みなシェラの姿を見るとひと言ふた言声をかけてくれた。
すれ違う寮生たちに挨拶をしていると、VIPルームまではすぐだった。
「シェラです。お待たせいたしました」
重たげな両開きの扉を3回ノックしながら、シェラは入室許可を求める。
『どうぞ』という声はすぐに返ってきた。
シェラが入室すると、そこにはいつもの3人――アズールとジェイドとフロイドがいた。
アズールは机に向かって書類を捌いていて、ジェイドは後ろでその補佐をしている。
一方フロイドはそれを手伝うことなく、ソファに座ってくつろいでいた。
「シェラさん、お待ちしてましたよ」
「あぁー!小エビちゃんがオレらと同じ格好してる!うんうん、すっごく似合ってる!」
「寮服のサイズ感はいかがですか?」
「はい。肩幅も袖の長さも丁度いいです。ありがとうございました」
入室したシェラに、3人は口々に声をかける。
シェラは乾いた靴音を鳴らしながら3人に歩み寄ると、ぺこりと頭を下げた。
「先日はご迷惑をおかけしました。今日からよろしくお願いします」
授業中の事故で不可抗力とはいえ、初出勤日を調整してもらったことを改めて詫びると、シェラは顔を上げた。
顔を上げて、シェラはある既視感に気づく。
また3人揃ってシェラの顔を見つめて黙り込んでいる。
双方に沈黙が訪れる。
誰か何か言わないかとシェラは黙って待っていたのだが、誰も何も言いそうにない。
「あの、なにか……」
こう顔を見て黙り込まれると、不安に駆られる。
メイクについて、なにかまずかったのかもしれない。
「……やっぱりメイク濃かったですか?」
シェラが気まずそうに言うと、最初に口を開いたのはまたもやジェイドだった。
「いえ、そんなことありませんよ。黒一色の式典メイクの時は凛としていて品のある雰囲気でしたが、今日のメイクは色が入って華やかで女性らしく、とてもお綺麗です」
「ありがとうございます。……恐れ入ります」
ジェイドは上品な笑顔で丁寧にシェラを褒めると、再びシェラの顔をじっと見つめた。