第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
モストロ・ラウンジはあくまでカフェである。式典の時のように目元を強調し過ぎない程度に、なおかつぼやけないようにアイラインは控えめながらも目尻に向かって太くなるように引いていく。
最後に軽くマスカラを塗り、眉毛を整え、薄づきの青みピンクのルージュを塗る。
練習が功を奏して、迷いのない手際でメイクを終えたシェラは鏡で仕上がりを確認する。
鏡には、いつもの素朴で薄いシェラではなく、視線を引きつけるような華やぎと、どこか陰のあるミステリアスな色気を併せ持った、今までにないシェラが映っていた。
しっとりとしたパール感のあるアイシャドウはシェラの肌をよりクリアに見せ、パープルカラーは元の垂れ目が持つはずの柔らかな魅力を引き出していた。
素朴で薄いシェラの顔へ、式典メイクの黒いアイシャドウは凛とした品を与えたのに対して、パープルをメインにしたオクタヴィネル仕様のメイクはより女性的で色気のあるアンニュイな雰囲気を与えた。
少しメイクを濃くし過ぎたかと思ったが、店内はここよりも暗い。
奥のアクアリウムをはじめ、店内は深海を思わせる深い青を基調としている。
照明も外より暗めにされているから、これくらい華やかなメイクでも問題ないだろう。
シェラは肩までの短い髪を後ろで結ぶと、サスペンダーとカマーバンドをつけ、ボウタイを締める。
靴を履き替え、サイズ直しが上がったジャケットを着る。
肩幅がぴったりだと着心地も段違いだった。
グローブのボタンを留めながら袖丈を確認すると、ジェイドに測ってもらった通りの長さに仕上がっていた。
最後にストールをさげてハットを被ると、完全にオクタヴィネル仕様のシェラが完成した。
(そこそこ様になってる……かな)
全身鏡で全体像を確認しながらシェラは思った。
背が低くて小柄な分、ジェイドやフロイドのような迫力は無いが、メイクを施しサイズぴったりの寮服を着用したことで、サイズ合わせの時のような服に着られている感はなくなった。
シェラは身体の凹凸が少ない分、タキシードのようなデザインの寮服も、他の寮生達と比べてもさほど違和感なく着こなせている。
シェラは部屋から出ると、扉を施錠しアズールの元へ向かう。
フロアに行く前にVIPルームに寄るよう言われている。