第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
授業中にマジフトのディスクが頭に直撃した事故から数日。
シェラはオクタヴィネル寮のゲストルームで身支度を整えていた。
事故の翌日、アズールから加害者のクラスメイト経由で丁重な謝罪と共に、特製の湿布薬を渡された。
アズールは錬金術だけでなく魔法薬学も秀でていて、その成績は学年トップクラスだという。
それは伊達ではなく、もらった湿布薬を貼って大人しくしていたら、すぐに捻挫は快方に向かった。
すっかり足の怪我も完治して、今日がモストロ・ラウンジのアルバイト初日になった。
寮服のサイズ合わせの際に案内されたゲストルームは、シェラ専用の更衣室兼荷物置き場として使っても良いと、アズールから申し出があった。
だからシェラはありがたく使わせてもらうことにして、こうしてここで身支度を整えている。
さらに、シフトが入っている日は使用料を支払うことなく寝泊まり自由とまで言っていて、親切すぎて逆に怖かった。
一応条件として、清掃も含め自分でゲストルームを整えることを提示されたが、シェラにとってそれは条件のうちには入らない。
また何か企んでいるのではないかと訝しんでいたら、アズールは従業員の福利厚生だと笑っていたから、とりあえずは信じることにした。
先にシャツとスラックスをオクタヴィネルのものへ着替え、鏡台の前に座る。
(相変わらず素朴で薄い顔……)
シェラは鏡に映る自分へ、いつもと同じ感想を抱きながら持ってきたメイク道具を並べた。
アイシャドウパレットを開き、毛束の広いアイシャドウブラシを手に取る。
寮で大人しくしていたこの数日間で、シェラはオクタヴィネル仕様のメイクを更に研究していた。
式典メイクは目の周りを黒一色で囲うものだが、ここではパープルさえ使っていればメイクの仕方は自由だという。
マジカメで自分の目の形に似合うメイクを検索し、反復練習をしていた。
パレットの中で1番パール感の強いベースカラーをブラシにとり、アイホール全体に塗り広げていくと、シェラの目元に上品なツヤが生まれた。
次にひとつ小さいブラシで濃いめのカシスカラーを、二重幅の黒目の上から目尻に向かって濃くなるように乗せる。
青みの強いパープルを目尻から下まぶたの半分程まで塗り、最後にハイライトカラーを下まぶた全体に薄く重ねた。