第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
しかし心の中で足を竦ませたシェラよりも先に、自らの気持ちに正直になったのは、フロイドだった。
「オレ、シェラのことが好き。オレの番になってほしいなって思ってる」
シェラを胸に抱いたまま、フロイドは静かにシェラへの想いを告白した。
シェラの時が止まる。
フロイドの胸の中で、大きく目を見開く。
涙とともに、フロイドの背に伸びたシェラの手も止まる。
その好きはお気に入りという意味ですか、なんて野暮な疑問はこれっぽっちも頭に浮かばなかった。
シェラはそこまで初心ではない。
フロイドは『番になってほしい』と言った。
番という表現に馴染みがなく、その意味を深く噛み砕くことが出来なかったが、ここでその言葉の意味を問う気にはならなかった。
一瞬の静寂が、シェラには永遠のように感じた。
言葉にまとまらない感情が、浮かんでは消え、浮かんでは消えて、上手く息をすることすらままならない。
その中で、言葉に出来なくても、ひときわ大きな気持ちがシェラの心にはあった。
「……返事はいつでもいーよ。オレのこと好きになってくれるまで、待ってるから」
普段通りのあっけらかんとした口調で言うが、それは照れ隠しであるのがシェラには伝わった。
シェラを抱きしめるフロイドの鼓動が、早鐘のように鳴っているから。
こころなしか、抱きしめる力が強くなったように感じた。
そんなフロイドが、たまらなく愛おしかった。
(ああ、つらいな)
心が何者かに握りつぶされたように苦しかった。
フロイドの鼓動を聞くだけで、胸が締めつけられる。
本当は自分自身の気持ちに気づいていた。
どうしてこんなにフロイドに甘えてしまうのか。
どうしてこんなにフロイドと一緒にいると、心が落ち着くのか。
愛おしいという感情と、その答えを。
けれど、怖くて見て見ぬふりをし続けていた。
この世界にずっといたいと願っても、別れの瞬間はきっとやってくる。
待っている結末は、無慈悲な別れである。
愛しい人と離れ離れになる瞬間の痛みが、何よりも怖かった。
しかし、心というのは、そんなに簡単なものではない。
ひとたび彼の恋心を知ってしまえば、想いは加速するばかり。
もう見て見ぬふりが出来ないところまで、堕ちてしまった。