第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
シェラが話を終えたのと、ふたりがオンボロ寮についたのは同時だった。
空は宵の濃藍が広がっていて、ダイヤモンドの粒を散りばめた夜の帳を降ろしていた。
故郷の冷たい灰色の森では決して見ることの出来ない星空で、太陽に代わり美しい月が、優しくフロイドとシェラを照らしていた。
綺麗な月だった。今宵は、満月だった。
フロイドはシェラの〝ひとりごと〟を黙って聞いていた。
普段は気分屋でめちゃくちゃなくせに、こういう時はシェラの気持ちを汲んで、静かに話を聞いてくれる。
寮の扉の前で、フロイドはシェラを降ろした。
立ち上がったフロイドはシェラと向き合う。
月明かりは整ったフロイドの顔に深い陰影を落とし、さらに幻想的に美しく魅せていた。
シェラが見上げたフロイドの顔には、慈愛の笑みがあった。
シェラは息を呑む。
こんなに優しいフロイドの笑顔は初めて見た。
射抜かれたように、シェラは何も言葉が出てこなくなる。
シェラの全てを包み込むような笑みを浮かべたフロイドは、慈しむようにしてシェラの頭を撫でた。
「〝シェラ〟だろうが〝シェラ〟じゃなかろうが、小エビちゃんは小エビちゃんじゃん。元の世界でどうやって過ごしてきたのかは知らねーけど、度胸があってバカみてーに頑固だけどそれ以上に他のヤツを悪く言わないやさしーところは、元の世界から持ってきた小エビちゃんの良いところでしょ。オレはそんな小エビちゃんが好きだけどなぁ」
豪胆な精神、俯瞰で物事を見る聡明さ、他者を否定しない心の優しさは、シェラが肯定することの出来ない元の世界で生きてきたシェラの長所だと、フロイドは肯定した。
素直なフロイドの言葉に、シェラの瞳に厚い涙の膜が張られた。
涙の膜は月明かりを吸い込んで、水晶のようにきらめく。
フロイドはゴールドとオリーブの瞳で、シェラの黒真珠の瞳をまっすぐ見つめて言った。
「それにオレは、もし小エビちゃんがこの世界にずーっといてくれるんだったら、それが1番嬉しいよぉ。異世界人ってのは珍しいけど、魔法が使えねー人間なんて珍しくもなんともないから、気にしなくていんじゃね?それでウゼーこと言ってくる雑魚がいるんだったら、オレが絞めてやっから安心してよぉ」