第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
安定を求めてシェラはフロイドの肩に両腕をまわして、しっかりと掴まる。上半身がフロイドの背中に密着した。
「フロイド先輩の目線っていつもこんなに高かったんですね」
目線が高いと同時に、視界がとても開けている。
いつも見上げているエースとデュースが小さく見える。
ふたりよりも小さいシェラは、フロイドからしたら更に小さく見えていたことだろう。
「フロイド先輩、シェラのことよろしくお願いしまーす」
「おっけー。ちゃあんとオンボロ寮まで送り届けてくるよぉ」
「シェラ、気をつけてな」
「うん。ありがとう。じゃあまた明日」
見上げるデュースに、シェラはいつも通りの淡々とした口調とポーカーフェイスで返す。
「じゃ、カニちゃんサバちゃん、ばいばーい」
フロイドはそう言うと、シェラをおぶって扉へ向かう。
そして器用に足で扉を開けて、保健室から出ていった。
フロイドとシェラが去った後、エースはこんなことを口にした。
「……、フロイド先輩ってマジでシェラのこと好きだったんだな……」
「そ、そう……だな」
この手の話に免疫が無かったデュースも、いい加減慣れてきて赤面しなくなってきた。
むしろフロイドに対して単刀直入にシェラへの気持ちを問いただすくらいには成長した。
エースは正直そんなデュースの度胸に舌を巻いていた。
「それにシェラも……少なくともフロイド先輩のこと、嫌いではないと思う」
フロイドと話している時のシェラを見ていると、普段エースとデュースが見ることの無い〝女の子〟の表情をしていると思った。
終業式の日にエースはシェラにフロイドのことが好きなのかと訊いた。
あの時はそういうものではないと否定していたが、今はどうだろうか。
人の気持ちは、簡単なものではない。
「シェラは、リーチ先輩のこと、好きなのかな……」
デュースはぽつりと呟いた。
「え?デュース?お前もしかして……」
「……なんでもない。シェラはダチだからな。僕は……シェラの気持ちを尊重したい」
フロイドにおぶわれて保健室から出ていったシェラの背を見送るように、デュースはピーコックグリーンの瞳をすっと細めた。
その姿に、言外に滲むデュースの気持ちを汲み取ったエースは、無言で頷いた。