第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
転送魔法とは、空間転移魔法の一種である。
フロイドの手にあるマジカルペンが光ると、その光でベッドの上に迷いなく魔法陣を描いてゆく。
目の前で転送魔法が詠唱されていく様を、シェラとエースとデュースの3人は息を凝らして見守る。
(気分で変なところに荷物が飛ばされませんように……)
ただしシェラだけは、ほんのちょっぴり邪な気持ちを持って。
魔法陣が出来上がると、フロイドはシェラの荷物とお見舞いのフルーツ盛り合わせをその上に置いた。
フロイドの形の良い唇が呪文を紡ぐと、魔法陣から紫色の光が上がった。
その光を見たフロイドが、にたぁ、と唇の端を上げた瞬間、荷物も魔法陣も跡形もなく消えていた。
「はい、これでおっけー。オンボロ寮の談話室に転送しておいたよぉ」
「……っ、ありがとうございます」
フロイドに声をかけられて、シェラは我に返ったようにお礼を口にした。
シェラはフロイドに声をかけられるまで、自分の荷物の転送が完了したことに気づかなかった。
荷物を見ていたのは最初だけで、後はずっとフロイドを見ていた。
シェラが見上げたフロイドの横顔。
魔法陣を描き呪文を唱えるフロイドは、普段あまり目にすることのない真剣な眼差しをしていて。
魔法が成功すると確信した瞬間、見るものすべてを惑わす蠱惑的な笑みを浮かべていて。
自分の荷物ではなくフロイドの表情に気を取られ、思わずシェラはじっと見つめてしまった。
見とれてしまった。
「すっげー……」
「流石っすね……」
「えー?こんなん簡単じゃーん」
一部始終を見ていたエースとデュースは感嘆の声を上げる。
フロイドは簡単だと言うが、空間転移魔法の類いは魔法陣を正確に描く必要のある難易度の高い魔法である。
少しでも魔法陣を間違えて描けば魔法は発動しないし、呪文を間違えて詠唱しても発動しない。
難解な古典文献の魔導書を流し読み程度で粗筋を把握してしまったり、いとも簡単に高難易度の魔法を使って見せたりと、フロイドもまた優秀であることをシェラは改めて実感した。
シェラがフロイドを見ながらそんなことを思っていると、視線に気づいたフロイドがシェラへ声をかけた。
「小エビちゃん?どしたの?オレの顔じっと見つめてさぁ」