第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
「カノジョ?カノジョとはまた少しちげーんだけど……」
逆にフロイドにとっては〝彼女〟という表現の方が腑に落ちないらしく、首を傾げている。
「じゃあフロイド先輩達人魚は、どういった相手のことを番って呼ぶんすか?」
今のフロイドの反応で、エースは〝番〟がどういった存在であるのか、なんとなく理解した。
そしてその答え合わせをしようと、フロイドに意味を訊く。
「……オレ達人魚にとって番ってのは、好きな雌のことで、オレの稚魚を産んでくれる雌のことで、この先死ぬまでずっと一緒に生きていく雌のこと」
番とは、好きな人だと、共に家庭を作る人だと、これからの生涯を共にするパートナーだと、フロイドは言った。
「……つまり、結婚相手ってことっすか?」
やはりそうだった。
フロイドの話を聞いて、エースは要約してひとつの表現を導き出した。
「あァ、陸の言い方だとそうなるのかもね」
「結婚……!?リーチ先輩その歳で結婚を意識するの早すぎないっすか!?」
フロイドが結婚相手という表現を肯定すると、ひっくり返りそうになったデュースの声が大きくなる。
エースは唇の前で人差し指を立て、デュースに声のボリュームを落とすよう言う。
フロイドはまだ17歳で、成人するまで3年もある。
結婚して子どもが生まれると、当然独りの時と同じ自由は無い。
フロイドは誰よりも自由を好む性分であるのに、何故そんなにも早く結婚を望むのだろう。
「そんなことねーよ?海は陸よりもあぶねーから、生まれた稚魚が無事に成長する保証なんてどこにもねーし。若くて体力がある方が、生まれた稚魚を守れるっしょ?だから雄はみんなオレくらいの歳になると番になってほしい雌を探し始めて求愛すんの」
海は陸よりも自然界に近い。
想像よりも物騒な海の現実にエースもデュースも閉口する。
「でも、求愛しても振られることだってあるし、番になってもらうことの強要は出来ねーから、オレは待ってんの」
「なにを、っすか?」
エースがフロイドを見上げながら訊く。
あくまでもシェラの気持ち次第らしい。
きちんとシェラの気持ちに寄り添おうとしている。
フロイドだったら強引にことを進めそうだと思ったが、そんな想像をした自分が恥ずかしくなる。
フロイドは不敵な笑顔を浮かべ、保健室の扉に手をかける。
「小エビちゃんがオレのこと好きになってくれんの」