第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
「いいよぉ。アズールがモストロ・ラウンジのメロン持って行っていいって言ったから。他のはテキトーに持ってきたけど」
「テキトーに、ってそれモストロ・ラウンジのものを勝手に……、あっ!!」
忘れてはいけないことを思い出し、シェラは大きな声をあげる。
「どしたの?シェラ、急にらしくない大きな声出して」
シェラが大きな声を出すのは珍しい。
エースは、何事だ、と言いたげにびっくりして目を見開いている。
「モストロ・ラウンジのバイト……今日からだ……」
シェラの顔がさあっと青くなる。
モストロ・ラウンジでのアルバイトの初出勤日は今日。
初日から遅刻してはクビになりそうだ。クビになると、請求されている修繕費と労働費を払うことが出来ない。流石にそれは困る。
「行かな……痛っ!」
慌てて立ち上がろうとしたシェラ。
しかしフロイドに額を、ぴんっ、とつつかれてしまった。
そこそこ高威力のデコピンを食らったシェラは、きっ、とフロイドを睨む。
「何するんです。痛いじゃないですか」
「小エビちゃん、バカなの?オレがケガ治したの、バイトに行かせる為じゃねーんだけど」
呆れながらフロイドは再びシェラを座らせる。
「オンボロ寮は小エビちゃんとアザラシちゃんしかいないし、足ケガしたままじゃ、寮に帰ったときに困るでしょ?」
「……そうですね」
フロイドの言い分に、シェラは頷く。
フロイドが足を治してくれたのは、寮での生活を考慮してのことだった。
「治癒魔法ってのは、本来擦り傷とかそーいうのを治す魔法だから、打撲とか捻挫ってのは痛みを和らげることは出来ても完璧に治すことはできねーの。だから小エビちゃんは、今日は絶対安静。……大人しくしてろ」
「…………」
(こっわ……)
フロイドに怒られたシェラは閉口する。
まさかフロイドに説教される日が来るとは思わなかった。
最後の『大人しくしてろ』と言った顔が、お世辞でも怪我人を労っているようには見えない物騒なそれだった。
いつかの『黙ってろ』と同じ顔と声のトーンだ。
ここで反抗しようものなら、強制的に〝大人しく〟させられそうで、シェラは背筋が寒くなる。
「わ、わかりました……」
流石に〝強制終了〟は嫌なので、シェラは大人しくフロイドの言うことに従うことにした。