第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
姿が認識されないのをいいことに、シェラはすぐそばで聞き耳を立てる。
「それ噂じゃなくて、マジだったの?」
「そうだよ。ここだけの話、中学の頃とか誘拐未遂が何回かあったんだって」
(随分と物騒な身分だな……)
誘拐という言葉を聞いて、ツイステッドワンダーランドで出会ったカリムのことを思い出した。
真夏の太陽のように眩しい笑顔が浮かび、その後に無表情の仮面を張りつけたような彼女が浮かぶ。
いや、あれは無表情というより、全てを諦めたような顔だった。
「うわ、こわ。一緒にいたら事件に巻き込まれそー」
「喧嘩もマジで強いらしいし、怖がって誰も近寄らないんだよね」
嘲笑を含んだ言い方に、シェラは耳を塞ぎたくなる。
ひとつ気づいたことがある。
向こうの世界は、ナイトレイブンカレッジの生徒は、血の気が多く一癖も二癖もある人ばかりだが、身分や立場について陰口を言ったり除け者にする人はいないのだ。
気に食わなければ、分かりやすく嫌がらせという形で行動を起こしてくる。
それもどうかと思うが、実力主義な向こうの世界では力を示せば認められる。受け入れられる。
「いや、だってそりゃ、そんな人と誰も仲良くしたいとは思わないでしょ」
心無い言葉がシェラの胸を深く抉った。
(だからか……)
まるで傍観者のように、シェラは無言で空を見上げた。
灰色の雲が空を覆い尽くしている。今にも雨が降り出しそうだ。
合点がいった。
シェラの中で、記憶のピースが揃い始めているのに何故か〝友達〟の記憶はひとつもなかったのは、こういうことだったのか。
(私にとって、エース達は、きっと初めての友達だったんだろうな)
エースやデュースのことを思い出すと、シェラの眦にうっすらと涙が浮かんだ。
シェラは手の甲で浮かんだ涙を拭うと、足早に去っていった自分を追おうと踵を返す。
結局〝アレ〟が何なのかは分からずじまいだが、どうやら自分は物騒な身分らしい。
だから祖父は、護身術を自分に叩き込んだのか。
だから祖父は、自由を制限したのか。
ならば、きっとあの猛禽類の眼をした祖父がそうしたのも、彼女を守るために仕方のなかったことなのかもしれない。
親の心子知らずという言葉がある。