第8章 6-2. 咬魚の束縛 後編
見上げてもきりがない程に高い建物に囲まれた、冷たい灰色の森。
無表情の人々が大勢行き交う道、自動車が渋滞する道路。
どこを見渡しても、無機質なものばかり。
気がついたら、シェラはそこにいた。
(ここは――……)
考えるよりも先に、シェラの中の記憶が答えを出した。
ここは、シェラの故郷。元の世界で住んでいた場所。
胸に吸い込む酸素は重く、空気が澱んでいる。
(元の世界に戻ってきた――?いや、違うな)
故郷への帰還を考えたが、すぐさまそれを否定した。
道行く人はみなシェラの存在に気づいていない。
それどころか、ぶつかってもシェラの身体をすり抜けていく。
(これは、私の記憶だ)
帰還ではなく、記憶の世界にやってきたのだった。
(ゴーストにでもなった気分だ……)
周りを見渡しても、それ以外の感情が湧かなかった。
いつかシェラの胸を締めつけたような懐かしさは微塵も感じない。
あてもなく歩いていると、とある学校の前にたどり着いた。
ちょうど下校時だったのか、校門では大勢の生徒が行き交い、シェラの身体をすり抜けていく。
久しぶりに女子生徒というものを見た気がする。
(あれは……)
道行く女子生徒の中で、あるひとりに目がいった。
ごく緩やかに波打つ色素の薄い長い髪、垂れ目以外に特徴のない薄い顔、達観したように乏しい表情、全体的に線の細い身体つき。
(私だ……)
シェラの目の前に、故郷で暮らしていた自分が現れた。
当然〝彼女〟はシェラに気づくことなく、早足でシェラの横を通り過ぎていった。
(今よりも表情が暗い……)
自分を見ているのに、他人を見ているような感覚だった。
今のシェラも表情豊かな方ではないが、彼女は更に無表情で瞳に光が無い。
「――さん、いつもひとりだよね」
「えーだって、――――の実家って、アレでしょ?」
シェラの耳に、女子生徒達の大きすぎる噂話が飛び込んできた。
名前はまた、ノイズがかかったように聞き取れない。
しかし、女子生徒達は今しがた通り過ぎて行った彼女の背を見て話していた。
教えられなくても分かる。突きつけられる。
彼女の――シェラの話をしている。
(アレって、なに?)