第7章 6-1. 咬魚の束縛 前編
「おふたりとも、本当に顔が整ってますよね」
目を逸らす理由がないシェラは、ジェイドの瞳をじっと見つめ返して淡々と言った。
「恐縮です。そういうシェラさんも、綺麗なお顔立ちをされていますでしょう」
「そう、ですか。言われたことありません」
「では僕が言いましょう」
ジェイドは、シェラの垂れ目以外に特徴のない顔を綺麗だと言う。
義理で返してくれるリップサービスだと、シェラは表情を変えずに軽く頭を下げた。
「嬉しいですが、褒めても何も出ませんよ」
「嬉しいと思っている顔には見えませんね」
「表情での感情表現は苦手です」
淡々としたシェラに、ジェイドは苦笑しながら言う。
「そう言えば、一度フロイド先輩に言われたことがあります」
「フロイドに?」
「はい。……私の瞳は、黒真珠……ブラックパールみたいで綺麗、だと」
終業式後の図書館で、シェラを抱き上げたフロイドが言った喩え。
あの時、そう言われた瞬間に、顔が熱くなって胸がきゅっと苦しくなった。
それを思い出すと、同時にフロイドとのキスが脳裏に蘇る。
顔の熱さと、胸の苦しさと、あの日のキスを肯定してしまうと、底無しの沼に足を踏み入れてしまう気がする。
シェラは薄い唇を引き結ぶと、ジェイドから視線を外す。
「そうですか。シェラさん、貴女は……」
シェラの見ていないところで、ジェイドは目を細める。何か言いかけたが、それは言葉にならずに消えていった。
「?なんですか?」
何か言いかけて黙り込んだジェイドへ、シェラは再び視線を戻した。
「いえ、なんでもありません。フロイドもよく分かってますね。ブラックパールという喩えは、柔よく剛を制す貴女にぴったりですね」
ジェイドは、シェラの黒真珠の瞳を慈しむように見つめると、いつも通り柔和な笑顔を浮かべて歩き出した。
そこからは、当たり障りのない会話をしながらオクタヴィネル寮の内部へさらに進んでいった。
とある部屋の前で、ジェイドは足を止めた。
「さ、着きましたよ。中へどうぞ」
目的の場所に到着したらしい。3回ノックをした後、ジェイドは扉を開けた。
「あぁ!やっと来たあ。ふたりとも遅いよぉ。オレ待ちくたびれたんだけど」
部屋に入ってきたふたりを見て、先に来ていたフロイドが開口一番に文句を言う。