第7章 6-1. 咬魚の束縛 前編
シェラは記憶の中にある高校生のアルバイトの求人票を探した。
この世界の通貨であるマドルと故郷の通貨のレートは分からないが、物価から考えて1マドルの価値は同じくらいだろう。
それを加味してシェラは故郷の高校生アルバイトの時給の相場を伝えると、アズールとジェイドが揃って絶句する。
「あなたの故郷は一体どうなっているのです……!?」
経営者側のアズールからしたら信じられないのだろう。冷静さを欠いている。
あまりの驚きようにシェラは何だか気まずくなり、逃げるように再びティーカップへ手を伸ばす。
「どうもなにも、それが普通ですから。なので、モストロ・ラウンジはとてもホワイトだと思いました」
なんとも言えない表情でシェラは茶を飲みながら言う。
「ホワイトなのは当たり前です」
さも当然だと言いながら、アズールは眼鏡を直す仕草をする。
そして、もう一度シェラを正面から見据えると、今度は逆に質問をした。
「あなたは何故給仕の方が時給が高いかお分かりですか?」
アズールの方から、シェラがもうひとつ疑問に思ったことを投げかけてきた。
雇用契約書には、給仕スタッフとキッチンスタッフの両方の時給が明記されていた。
その時給が、給仕の方がキッチンよりも優遇されていたのだ。
「……何かあった時に1番最初にクレーム対応をするからでしょうか」
少し考えた後、シェラは今の時点で浮かんだ理由を答える。
すると、アズールは『それもそうですが』と反応した。
半分正解、といったところだろうか。
「モストロ・ラウンジは紳士の社交場です。ですが、残念なことにお客様の中には品の無い方もいらっしゃる。そういった方に〝お引き取りいただく〟のは給仕メンバーの仕事です」
「そういうことですか」
要は、何かトラブルが起こったら対処しろということだ。
魔法による乱闘は学園の規則で禁止されているし、なにより他の客や店内に被害が及ぶ可能性が高い。
表現は乱暴だが、そういった場合は力づくでつまみ出せという意味だ。
「そういった品の無い方の対応は基本ジェイドとフロイドに任せていますが、ふたりがその場にいないような状況では、給仕メンバーの方が対応することになります」
「そうですか。問題ありません。わかりました」
表情を変えずにシェラは了承する。