第6章 5. 人魚の純情
そうなるとシェラが着ることの出来るサイズの寮服は今のところ用意が無さそうだ。
モストロ・ラウンジで着る寮服の話をすると、一気に現実味が湧いてくる。
タキシードのような寮服はあまり似合う気がしないが、アルバイト自体は楽しみだった。
アルバイトというものに、ずっと、ずっと、憧れてきていたような気がする。
授業を終えて自由時間をアルバイトに充てる自分の姿を想像した――ところで、ふいにシェラの脳内にある映像が流れ込んできた。
ひゅっと息をのんだシェラの唇が揺れる。
(この感じ、まただ……)
夢を、見ているようだった。
畳が敷かれた広い部屋。
着物姿の眼力鋭い壮年の男性と正座で向き合うのは、黒真珠の瞳を持った少女。
誰かに言われずとも、それが誰なのか理解することが出来た。
(あれは、私だ……)
ならばあの猛禽類の目をする壮年の男性は、祖父だ。
(これは、私の記憶……?)
アルバイトをしたいと、自由にやりたいことをやりたいと懇願する自分と、それを厳しい顔で突っぱねる祖父。
祖父は言った。
『自由にしたいと言うのなら、力をつけろ。自分の身は自分で守れると証明して見せろ』
祖父の言い分になにも言い返せない悔しさと、思い通りにならない悲しさと、自分自身への憤りに顔を歪ませながら部屋を後にする自分。
はっきりと聞き取れなかったが、祖父が呼んだ名前は、〝シェラ〟では無かった。
(私の、名前は――……)
夢を、見ているようだった。
しかしそれは、夢ではなさそうだ。
自らの記憶という名の、パズルのピースのひとつだった。
「小エビちゃん、一緒に頑張ろーねぇ」
フロイドに声をかけられて、シェラは記憶の世界から現実に引き戻された。
今見た自分の記憶に動揺して声を発せずにいると、フロイドが上からシェラの顔を覗き込んだ。
「……どーしたの?」
普段とは様子の違うシェラを気にして、心配そうに揺れるフロイドの瞳。
それを見たシェラの心が震える。
少しずつ、シェラの記憶のパズルのピースが揃い始めていた。
断片的に見ても、それは思っていたよりも優しくない記憶で、これ以上思い出したくないとさえ思ってしまった。
思い出すにしても唐突で、何がきっかけになるのかは分からない。