第6章 5. 人魚の純情
全身で喜びを表現してくれているのは伝わった。肋骨が2、3本犠牲になるところではあったが。
てへ、とあざとく笑いながら繰り出されるフロイドの言い分に、ほんの僅かではあるがシェラも満更でも無さそうにうっすらと頬を染めた。
その様子を後ろで見ていたアズールが、シェラのフロイドに対する態度の変化に目を丸くしていた。
「ホリデー明けからシェラさんも働いてくださるのですね。楽しみです」
シフォンケーキとクッキーの仕込みが終わったのか、ジェイドがぬらりと足音を立てずに厨房から出てきて、背後からシェラの肩に触れた。
シェラは驚いて思わず飛び上がりそうになった。
「っ!びっ……くりしました……」
「おや、また驚かせてしまったようですね。申し訳ありません」
ジェイドは慇懃な笑顔と仕草を添えて、まったく気持ちがこもっていない謝罪の言葉を口にする。
初めからそのつもりだったのだろう。
なんだかんだでジェイドもいたずら好きだ。フロイドと双子なだけある。
「詳しい雇用契約のお話はホリデー明けにしましょう。この期間はテーラーもお休みですからね」
「テーラー?」
アズールの話に、シェラの頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
テーラーとは、紳士服の仕立て屋のこと。シェラには縁遠い存在だが、それと雇用契約と、どんな関係があるのだろうか。
シェラの疑問を解決してくれたのは、ジェイドだった。
「臨時のお手伝いを除き、ラウンジに立つ方にはオクタヴィネルの寮服の着用をお願いしています。シェラさんにもお願いするのですが、余剰の寮服では小柄なシェラさんが着れるサイズが無い可能性が高いのです。その場合はオーダーして仕立てます。もちろん費用は経費ですから、ご安心を」
「あァ、確かに小エビちゃんサイズの寮服ってなさそーだよねぇ」
わかりやすく且つ丁寧にジェイドが説明してくれる。ついでに懸念点も先読みして解消してくれた。
サバナクロー寮には獣人属の寮生が多いように、それぞれの寮に所属する生徒には身体的に様々な傾向がある。
オクタヴィネル寮の傾向として、リーチ兄弟を筆頭に細身で背が高い生徒が多い。
シェラが知りうる限り、オクタヴィネル寮に所属する生徒の中で1番小柄な生徒でも、シェラより10cm以上背が高い。