第6章 5. 人魚の純情
「なにが、言いたいんですか」
アズールが言わんとしていることを察したシェラだったが、気づかぬ振りをして、瞳に警戒の色を宿しながらアズールを見つめ返す。
「単刀直入に言います。……シェラさん、あなた、モストロ・ラウンジで働きませんか?」
「そのお話は……」
「そういえば」
以前お断りしたはずです。そう言おうとしたシェラに、アズールが言葉を重ねた。
「スカラビアの追手から助けて差し上げた際に傷ついたラウンジの机と椅子の修繕費と、巻き込まれた僕達の労働費についてですが、ようやく見積もりが出たのでお見せしますね」
(このタイミングで……)
にっこりと笑って見積書を差し出すアズールとは対照的に、シェラは頬を引き攣らせる。
恐る恐るシェラはそれに目を通す。
モストロ・ラウンジの什器やインテリアは全てアズールが手配していると聞いた。
〝紳士の社交場〟をコンセプトに掲げていて、それ相応に高級な机や椅子なだけに、ある程度は覚悟していた。
3人分の労働費については、相当吹っ掛けた額を提示されるのかと思っていたが、修繕費と合わせても案外良心的な値段だとシェラは思った。
良心的というが、それは元々シェラの想像していた額が大き過ぎただけであって、いち高校生が用意するには大変高額であることには変わりない。
それに無一文でこの世界にやってきたシェラには、とてもそんな金額は払えないし、頼れる身内もいない。
アズールの勧誘を受けるしかないこの状況に、シェラは頭を抱える。
そんなシェラの思考を読んだのか、アズールは慈悲の笑みをシェラに向けた。
「ご安心を。僕は海の魔女のように慈悲深い心を持っていますので、なにも一括で払えなどとは言いません」
(本当に慈悲深い心を持っていたら、修繕費はまだしも労働費は請求しないのでは……?)
上品に笑いながらも、腹黒さが垣間見える。
胡散臭いようにしか見えないアズールの笑顔に、シェラはそう思った。
「アルバイト代から天引きの、分割払いでいかがでしょうか?」
ここでシェラはようやく気づいた。
アズールは最初からシェラをモストロ・ラウンジに引き込むつもりで〝外部流出厳禁〟の企画書を隠すことなく見せてきたのだろう。