第6章 5. 人魚の純情
百聞は一見に如かず、ならぬ、百見は一食に如かず、というところだ。
「それで気に入っていただければ、正式にメニュー化した際のリターンが大いに期待出来ますし、抹茶スイーツを気に入っていただければその後のリピーターとして抹茶のドリンクの注文も期待出来ます」
アズールが目をつけたように、抹茶はドリンクやスイーツへの汎用性が高い。
焼き菓子はテイクアウトにも対応しているから、気に入ってもらえれば客単価アップが期待出来る。
それにモストロ・ラウンジでしか食べることが出来ない、という付加価値がつけば、客数が伸びることも十分予想出来る。
「抹茶は、この学園の生徒にとって物珍しいものなのですよね。でしたら、このラウンジでしか食べることが出来ないとなればラウンジの固定ファンが出来て自然とリピート数も増えるでしょう。もし皆さんのお口に合えば、既存顧客の単価アップとクチコミによる新規顧客の獲得に繋がるのではないでしょうか」
アズールが以前打ち出したポイントカードの運用とも上手く噛み合うのでは、とシェラはまとめた。
自分が言い出したのだから中途半端に終わらせるわけにはいかず、つい長々と話してしまった。
経営や企画について、シェラは詳しく知らない。
モストロ・ラウンジの支配人であるアズールはどう思うのか、聞かせて欲しい。
「なるほど」
シェラが提案した販促戦略を黙って聴いていたアズールは、短くひとことで返す。
そして冷たく真面目な表情を緩めて、ふっと笑った。
「お見事です。とてもマーチャンダイジングを知らない方の意見とは思えない。……シェラさん、あなたぼんやりしているように見えますが、実は賢い方なのですね」
品良くシェラに賞賛の拍手を送るアズール。
ジェイドにも言われたことがあるが、ぼんやりは余計だ。
褒めているのか、貶しているのか、どっちかにして欲しい。
「……ありがとうございます」
恐縮です、とシェラは軽く頭を下げる。
アズールはそんなシェラを見ると、軽く身を乗り出してシェラに囁いた。
「あなたは実に聡明だ。しかしそれを表に出さずに過ごしている。〝能ある鷹は爪を隠す〟……あなたのような方を、僕達オクタヴィネルは歓迎します。シェラさんがオクタヴィネルにいてくださると、僕達もとても嬉しいんですがねぇ……」