第6章 5. 人魚の純情
「フロイド、あなた本当に器用ですね。ラテアートなんて作ったことないでしょう」
「うん。無いよぉ。だけどこんな感じじゃね?って考えながらやったら上手く出来たぁ」
(天才肌ですね……)
ジェイドとフロイドの会話を聞きながら、シェラはハートとエビのアートつきの抹茶ラテをひとくち飲んだ。
シェラが知る故郷のカフェで飲んだ味よりもより濃厚で、モストロ・ラウンジが使う茶葉の良さを実感した。
「ちなみにドリンク以外の抹茶の活用法なんですけど、苦味を活かしてバニラアイスにかけたりしても美味しいですよ。私の故郷では、この抹茶を使ったスイーツがとても人気でした」
クッキーにも出来るし、シフォンケーキにも出来る。そうシェラが話すと、その汎用性の高さにアズールの商人の目が光る。
どこからともなくタブレットを取り出すと、グリーンティーの原価を調べ始めた。
「ランチの後のデザートにもなるしさぁ、今から作ろーよ。抹茶のクッキーとシフォンケーキ」
「そうですね。特にクッキーは生地を寝かせる時間も必要ですから。早速準備に取り掛かりましょう」
抹茶の味を気に入ったのか、フロイドは乗り気だ。
そこにジェイドも乗っかると、グリーンティーの粉末を持ってフロイドと共に厨房へ向かった。
フロアに残ったアズールとシェラは元のソファ席へ戻ると、先程の企画書を広げながら今後の販売促進について話し合いを始めた。
しかしシェラは先程から手元の企画書の余白部分の〝外部流出厳禁〟の文字が気になって仕方がない。
「問題は馴染みが全くないものをどう売り込んでいくか、ですね」
アクアマリンの瞳が悩ましげに細められた。
確かにアズールの言う通り、来店客からすると全く馴染みのない、言ってしまえば得体の知れないものをどう売り込んでいくかが課題だった。
真新しく珍しいものではあるが、それをなんの営業も無く新メニューとして大きく打ち出すのには懸念点が多い。
しかしそれについては、シェラなりに考えがあった。
「新メニューとして打ち出す前に、最初は試食として、お客さん全員にひとくちずつ配って抹茶という存在を認知させてみてはいかがでしょうか」
どれだけ美味しくても、最初の一歩を踏み出してもらえなければ売れるものも売れない。
ならばその最初の一歩を、こちらから働きかけてはどうだろうか。