第6章 5. 人魚の純情
「小エビちゃん!こっち来てー!」
高圧で噴射されるスチームを鳴らしながら、フロイドはシェラを呼んだ。
呼ばれたシェラはカウンターの椅子に座ると、フロイドはニイッと口角を上げた。
ミルクピッチャーにスチーマーのノズルを突っ込むと、勢いよくフォームドミルクを作り上げていく。
フロイドは抹茶が入ったカップに、出来上がったフォームドミルクを注いでいった。
途中で手を止めたり、注ぎ口の高さを変えたりと、寸分の迷いもない軽やかで流れるような手際の良さにシェラは感心する。
高い位置でミルクを切ると、フロイドはシェラに訊いた。
「ラテアートって、ミルクの表面に絵が描いてあるやつだよねぇ?」
「ええ、そうですけど……フロイド先輩絵描けるんですか?」
「小エビちゃんオレのことナメてんの?絵くらい描けるし」
フロイドは唇を尖らせると、アイスピックを取り出した。
「なんでそんな物騒なものでやろうとするんです……」
シェラはフロイドの手の中で光るアイスピックを見て眉を顰める。
手近なものの中で先端が細いものといったらこれしか無かったのだろう。
しかし本来は氷を割る用途であるはずなのに、フロイドが持っているとやたら物騒に見える。
「だってこれが1番描きやすくね?」
ふんふん、と鼻歌交じりにアイスピックで器用にラテの表面に絵を描いていくフロイド。
シェラが座る位置からでは、どんな絵を描いているのかは分からない。
アズールとジェイドも、シェラが座るそばに来た。
「じゃーん!見てぇ。オレ上手ー!」
完成したアート付きの抹茶ラテを、フロイドは上機嫌でシェラに渡した。
「ハート……」
抹茶のグリーンの中心に、まろやかなミルクのホワイトで柔らかなハートが描かれていた。
シェラは『可愛い……』と感想を言おうとした――ところで、ハートの下にもうひとつなにか描かれていることに気づいた。
「の、下にエビ……」
大きなハートの下に、小さなエビの絵。
フロイドが楽しそうに何を描いているのかと思ったら、エビの絵だった。
「なぜエビなんです?」
ラテアートといえば、ハートやリーフを描くものだとシェラの中では相場が決まっていた。
「小エビちゃんの為に作ったから!エビも大っきいハートも可愛いっしょー?」
「……可愛いです」