第6章 5. 人魚の純情
(あ……そういえばアポ無し訪問だ……)
シェラがそれに気づいた時には、もうオクタヴィネル寮に到着していた。
ホリデー前にフロイドが、オクタヴィネルに遊びに来なよとは言っていたが、何も連絡をせずに来るのは失礼だったかもしれない。
それにオンボロ寮とは広さが違うから、扉を叩いて声をかけても気づいてもらえる気がしない。
しかし、何も声をかけずに寮内に入るのは、泥棒と同じような気がする。
扉付近でうろうろしながらどうしようかと考えていたが、結局答えはひとつしかない。
重そうな扉の前に立ち、声をかけようと息を吸う。
「こん……」
「こんにちは、シェラさん」
「っ……!?」
シェラが扉を叩く前に、内側から開けられた。
そしてその扉の影から、ぬ、と姿を現したのはジェイドだった。
まさか声をかける前に誰かが出てくるとは予想出来ず、驚いて思わず飛び上がりそうになった。
「びっ……くりしました……」
「おや、驚かせてしまったようですね。申し訳ございません」
驚いて縮こまっているシェラを他所に、ジェイドは普段と変わらない澄ました様子で微笑んでいる。
口では謝っているが、内心ではシェラの反応を面白がっているに違いない。
「どうして来客に気づいたんですか?すぐそこにいたんですか?」
「いえ。シェラさんの匂いがしたので。……僕達は匂いに敏感なものでして」
(私の匂い……)
字面だけ見れば変態極まりない発言であるが、ジェイドが言うとそう聞こえないのは何故だろう。
ジェイドは自身の品の良さで得をしている。
僕〝達〟というのは、人魚みなに共通する特性なのだろうか。
「犬みたいですね」
「魚ですよ?」
笑顔で間髪入れずに返ってくる。
シェラは思わず込み上げた笑いをぐっと堪えた。
「まさかシェラさんの方からオクタヴィネルに足を運んでくださるとは。遊びに来てくださったのですか?」
「いえ。この間お借りしたフロイド先輩の服を返しに来ました」
そう言いながらシェラは手に持っていた紙袋をジェイドに差し出す。
中には、スカラビアから逃げてきた晩に借りたフロイドの服が入っていた。
「ご丁寧にありがとうございます」
「お礼を言うのは私の方です。お世話になりました。つまらないものですが、中にお菓子も入れておきました」