第6章 5. 人魚の純情
フロイドは鏡台の引き出しからドライヤーを取り出すと、それを渡さずにシェラのことを上からじっと見つめる。
「……なにか?」
なにか言いたげなフロイドの様子に、シェラは同じように下から見つめ返す。
「オレが乾かす。小エビちゃんそこ座って」
「え?いえ、自分でやります」
流石にそれくらいは自分で、とシェラは表情を変えずに断る。
すると、フロイドは不満げに口を尖らせた。
「なんでそういうこと言うのぉ?別に対価なんて要求したりしねーし!」
(別に対価を心配したわけでは……)
断られたことがショックだったのだろうか。
機嫌が少し傾いたフロイドはムッとした表情で、シェラの手が届かないようにドライヤーを高く持ち上げた。
「これは!オレの!お詫びの気持ち!」
ひとつひとつの言葉を強調するように、むきになってフロイドはお詫びだと主張する。
左手でドライヤーを高く掲げ、右手でシェラに座るように催促する。
「あ……そうですか。……なら、お願いします」
どうやらフロイドなりにお詫びを考えた結果、髪を乾かしてあげるという結論に至ったようだ。
だとしたら断るのも寝覚めが悪い。
シェラはお言葉に甘えてフロイドに髪を乾かしてもらうことにした。
「まかせて」
シェラが承諾すると、フロイドは機嫌が戻ったのか、満足そうに口角を上げた。
(相変わらず分かりやすいですね)
本当に感情と表情がよくリンクしている。
コロコロ変わる表情に、シェラは内心微笑ましい気分になった。
シェラが椅子に座ると、フロイドはドライヤーのスイッチを入れた。
温かな風が、シェラの髪をシャンプーの香りと共に、ふわりと舞い上がらせた。
(そういえばフロイド先輩って左利きか)
鏡に映るフロイドは左手でドライヤーを持っている。
左利きは天才肌が多いだとかなんとか。
「小エビちゃん、痛くない?」
「はい」
シェラの髪に触れるフロイドの手つきは柔らかく、意識して優しくしてくれているんだろうなと思った。
心地よくてシェラは目を細める。
誰かに頭を触られると眠くなる。
「寝そうじゃん」
「人に髪を乾かしてもらってると、気持ちいいから眠くなります」
「あぁ、オレもたまにジェイドに髪乾かしてもらうけど、眠くなるよねぇ」