第6章 5. 人魚の純情
バスルームに一歩足を踏み入れると、マリンシトラスの残り香をかき消すような、濃い紅茶の匂いがシェラを包み込んだ。
手早く髪と身体を洗い、シャワーで流す。
ふんわりと甘く優しい香りがバスルーム内に広がる。
用意されているシャンプーやボディソープに、それぞれの寮の色が出ているとシェラは思った。
オクタヴィネルもスカラビアも、甘いムスクベースの香りであるのは同じだが、オクタヴィネルはそれにホワイトローズやチュベローズなどフローラル系のノートが加わった、上品でどことなく知性を感じさせる香りだった。
スカラビアで用意されていたものは、ムスクをベースにジャスミンやサンダルウッドが加わっており、エキゾチックでより強い甘い香りが特徴的だった。
特に、スカラビアは乾燥するからと言ってジャミルがくれた香油は、さらに甘く濃厚な花の良い香りがして、シェラのお気に入りになった。
あまり塗りすぎると、強く香りすぎる上にべたつくから、シェラは風呂上がりに薄く塗るようにしている。
オンボロ寮のものよりも立派な猫足のバスタブにゆっくりと身体を沈める。
じんわりと身体の奥へ浸透するように、温かいお湯が全身を癒していった。
(もしかして、お風呂にするにはもったいないくらい良い茶葉なのでは……?)
あまりに香りが良いから、シェラはそう考え始める。
ジェイドは紅茶を淹れるのが得意だと聞いたことがある。
そんなジェイドのことだから、ティーパックはまず使わないだろう。
なんだか勿体ないことをさせてしまった。
ますますジェイドにはきちんとお礼をしなければならない。
まろやかに肌に触れる紅いお湯から、するりと腕を差し伸ばした。
白い肌が日焼けで赤く炎症を起こしている。確かにこれは見ていて痛そうだ。
(ひょろひょろな割には逞しい腕だなぁ……)
骨が細くて華奢ではあるが、筋肉がついていて逞しい。
ぐっ、と力をこめると上腕二頭筋が小山のように盛り上がった。
シェラはそれをなんとも言えない表情で見つめると、湯船に腕を戻した。
代わりに脚を伸ばして上げる。
脚も腕同様、細い骨の上に筋肉がしっかりとついていて、膝の皿が目立つ。
骨と皮というわけではないが、本来あるべき場所にも脂肪が少なく、全体的にひょろりとしている。
改めて、男子とそう大差ない体型だと思った。