第6章 5. 人魚の純情
(オンボロ寮のお風呂もこれくらい綺麗だったらなぁ……)
未だに不便な自寮の水周りと比較しながら、シェラは貸してもらっていた寝間着のTシャツを脱ぐ。
真冬だというのに、空気が冷えていない。学園と同じで魔法で寮全体を暖めているのだろう。
その点でも、隙間風が身に染みるようなオンボロ寮と比べてしまい、シェラは羨ましさに打ちひしがれそうになった。
ふと、今脱いだ服にシェラは目を落とす。
確か、これはフロイドの服だと言っていた。
(フロイド先輩の服、大きいな……背が高いだけある)
それは、ほんの一瞬の出来心で。
脱いだ服を胸に抱き、そっと鼻を近づけて息を吸う。
(やっぱり、いい匂いだな……)
こんなに落ち着くいい匂いがするだなんて、ずるい。
服だけでなく、服が直接触れていた肌からもこの香りがする。
シェラにとってこのマリンシトラスの香りは、フロイドの香りという認識だった。
シェラを優しく包み込むように、全身からフロイドの――マリンシトラスの香りがする。
もし、フロイドに抱きしめられるようなことがあったら、きっとこんな感じなのだろう。
胸がぎゅっと締めつけられるようだった。シェラは、この香りが好きだった。
胸いっぱいにマリンシトラスを吸い込んだところで、シェラは我に返った。
(ちょっと待った、私はなにを……)
シェラの顔がすっと白くなる。
そんなことあるはずないのに、思わずシェラはきょろきょろと首を左右に振って、誰かに見られていないか確認した。
当たり前だが、誰もいないこの状況に安堵したシェラは、大きく息を吐いた。
以前フロイドが、いきなりシェラの匂いを嗅いでいい匂いだと言ってきたことを思い出した。
その時は『変態!』と罵りそうになったが、今シェラがしていたことも十分変態だと言える。
(これじゃ、人のことなにも言えないな)
風呂に入って頭を切り替えようと、シェラはハーフパンツを、そして下着を脱ぐ。
ジェイドに言われた通りに脱いだ下着を洗濯機の中に入れ、スイッチを押した。
魔導式洗濯機らしく、高速で乾燥まで終わらせてくれるらしい。
一応オンボロ寮にも洗濯機はあるが、ここまで高性能ではない。
クロウリーにお願いしたら導入してくれないだろうか。