第6章 5. 人魚の純情
「おやおや。シェラさん、前を向いて歩かないと危ないですよ」
優雅に泳ぐ魚達を目で追いながら歩くシェラを、上から微笑ましげに見みつめながらジェイドは言った。
「あ……すみません、海が綺麗でつい」
ジェイドの注意で我に返ったシェラは、浮かれていたことを自覚して、気まずく目を泳がせる。
「そうですか。僕達は生まれも育ちも海の中で、この光景には慣れてしまったので何とも思いませんが、やはり人間の方からすると物珍しいのですね」
そう言っていただけて嬉しいです、とジェイドは穏やかに笑った。
「ああ、シェラさんが着ていたスカラビアの寮服は、洗濯をする為にフロイドの服と入れ替えさせていただきました」
「え、ジェイド先輩が着替えさせたのですか……?」
ジェイドの報告に、シェラの頬がぴくりと反応した。
それを見逃さなかったジェイドは、またもやシェラの考えを先読みしてフォローを入れる。
「魔法で着替えさせましたので、ご心配なく」
「ああ、いえ……」
痩せていて貧相な身体を見られたわけではないと分かったシェラは、ほっと無い胸を撫で下ろす。
そんなやりとりをしていると、バスルームまではすぐだった。
ジェイドは扉を開けると中にシェラを通す。
紅茶風呂を用意してくれていると言っていた。
サニタリールームに足を踏み入れたシェラの鼻を、芳しい紅茶の香りがくすぐった。
「服の下に着ているものはそこの洗濯機を使ってください。出る頃には洗濯が終わって乾いているでしょうから」
ジェイドはてきぱきとシャンプーやボディソープ、タオルの場所を説明すると、するりと扉の影に入る。
「着替えは少ししたらフロイドが持ってきてくれるでしょう。では、ごゆっくり」
そして、にっこりと笑って扉を閉めた。
遠ざかっていくジェイドの足音を聞きながら、シェラはぐるりとサニタリールーム全体を見渡す。
ホワイトとグレー、パープルを基調とした空間に、ブルーがアクセントカラーになっている。
談話室と同じタコを模したシャンデリアが、やや小ぶりになって天井から部屋全体を照らしていた。
どうやらここはゲスト用のバスとサニタリールームらしい。
ひとつだけの洗面台も鏡台も、貝殻をイメージさせるような曲線で、オンボロ寮にはない優美さがあった。