第6章 5. 人魚の純情
伏せられた瞼の下に、くっきりと濃い隈が浮かんでいる。
手のひらに感じる頬の感触は、少しやつれた様にも思えた。
フロイドの表情が陰る。
(でもさぁ……)
オアシスへの行進はまだしも、普段の授業を見学しているのなら防衛魔法の特訓は受けなければ良かったのに。
フロイドは、疲れきってやつれたシェラの顔を見てそう思った。
致命傷にはならないとはいえ、生身で攻撃魔法を受けるなんて危険過ぎる。
(自分ひとりで魔法から身を守れないのに、一緒に特訓を受けるなんて、バカじゃないの)
話を聞いた時、馬鹿だと思った。生き急ぎ過ぎだと思った。
しかしそれ以上に、他者に優しく自分に厳しく己の軸を曲げないシェラの凛とした強さに心を強く揺さぶられた。
曇りのない黒真珠の瞳に心を射抜かれた。
シェラは主観で物事を判断し発言することを嫌う。
淡々としているが冷静で、俯瞰で物事を見ている。
怪我と疲労と睡眠不足の極限状態でも、シェラは誰のことも悪く言わなかった。
フロイドはそんなシェラのことを、聡明な人格者でありそれと同時に愚直であると思う。
自分の信念に従うのはいいが、少し自己犠牲が過ぎる面がある。
(でも、それが小エビちゃんなんだろうね)
馬鹿じゃないの、と思ったが、自分とはまるで正反対なその愚直さは放っておけず、強く興味を惹かれる。
フロイドは慈しむように、シェラのやつれた頬を撫でた。
胸がきゅっと切なげに締められた。
上手く言葉に出来ない感情が、胸の奥でぽっと火を灯した。
「そんなに無防備で寝てると、またちゅーしちゃうよ……?」
終業式後の図書館でのことを思い出しながら、眠るシェラには届かない独り言を、フロイドはこぼした。
あの日は、ふたりともどうかしていた。
あの日シェラとしたキスは、売り言葉に買い言葉で悪ふざけの延長くらいのつもりだった。
しかし、ひとたび唇を重ねてみたら、欲が湧いてしまった。
夢中になってしまった。
愛しい、とさえ思ってしまった。
合間に見たシェラは、酸欠で頬を火照らせながら瞳を潤ませていて、切なげに眉根を寄せていて、今まで見た誰のどんな表情よりも興奮した。
心臓がドクドクと走り、身体の熱が一点に集まるようだった。