第8章 ツキミソウ *中在家長次*
「…部屋に戻らなくていいのか?」
『はい…待ちます。』
「…いつから小平太を」
『……いつからかは、分からないです。』
と、茶をすすり中在家が出した茶菓子を食べながら彼女もまたぽそぽそと話し始めた。
『小平太さんは、あたしがまだ暗殺者としてここにいた時から、優しかったというか…』
彼女曰く・・・
小平太は暗殺者である彼女に対しては興味と対象としてみていた節があったが、彼女の身に何かあった時は必ずと言っていいほど率先して手を差し伸べていた。
それがきっかけで彼女は七松の事を好きになっていたようだった。
『お強いのは知ってましたが、優しいですし…。』
ふわりと笑いながら話す彼女に、中在家は複雑だった。
完全に恋する乙女の顔をしていたことでそれが本気なのだと分かった。
『…でもあたし、小平太さんに好かれてなかったみたいですね…。』
「…どうしてそう思う?」
『だって、好きだって言ったら…あんなことされて…』
と、彼女は急に声を震えさせて両足を抱えた。
そりゃ好きな相手にいきなりひどい抱かれ方をされてしまえば、大概の女は怯えてしまうだろうな・・・
しかも相手は七松だ。普通の男以上に恐怖を抱いても仕方がないだろう・・・と、中在家は納得していたがふと何かの気配を感じて読んでいた本を持って立ち上がった。
『…長次さん?』
「…大丈夫だ、小平太は嫌ってなどいない。」
『えっ…』
と、中在家はそれだけ言い残して部屋を出て行った。
そして、襖を閉めた瞬間七松が学園の塀を乗り越えて戻ってきた。
「おっ?長次、どっか行くのか?」
「…図書室だ。それより小平太、部屋に忘れ物だ」
「ん?そうか…」
と、右手に綺麗な白い花を携えて泥だらけで戻ってきた七松を自然な形で部屋に誘導して中在家自身は立ち去った。
「なっ!?和歌菜!? 」
と、背後から七松の大きな声が聞こえたがそれ以上は2人の世界に入ったように静かになった。