第12章 移ろう季節
聞くまでもなく不味いと分かってるけど、それでも治の反応が気になった
口の水分全部持ってかれてるんか、長いこと咀嚼したあとに治は満面の笑みで
「うまいわ!ごっそーさん!」
と言った
その笑顔を見た途端、涙が溢れ出てきた
嬉しかった
初めて自分一人で作ったお菓子を、うまいって言ってもらえてほんまに嬉しかった
それと同時に、もっとちゃんと本当に美味しいものを作って、侑と治に喜んでほしいって気持ちも芽生えた
「今度はもっと上手に作るから」
私が涙を拭いながら言うと、治は
「楽しみにしてるわ!」
と言って、また笑った
それから私は何年も毎年のようにバレンタイン、クリスマス、双子の誕生日とことあるごとにスイーツを作ることになるんやけど、その度治はウマイウマイって言いながら食べてくれたな
なんて昔のことを思い出しながら、治が食に携わる仕事に就きたいと思う気持ちは、分からんでもない気がした
「で、なんで侑と取っ組み合いになったん?」
「アイツの幸せのものさしがイカれてるから」
「?」
「アイツ、バレー続けてる方が成功者やって思っとるから、バレーやめることを妥協した人生みたいな言い方しよってん」
「うわー、言いそう」
「せやろ?俺は昔から飯に関わる仕事したいて思ってたから、その夢とか生き方みたいなもんを不幸扱いされてムカついた」
「そらそやな」
「でも何が幸せやったかなんて結果論やん?そやし、80なった時にどっちが幸せなジジイになってるか勝負やってなった」
「どんな勝負やねん」
「アイツ、俺はバレーで日本代表なって、メディアでも活躍して、歩とヨリ戻して、80なる頃には孫に囲まれてお前より幸せに暮らしてるからな!言うとったぞ」
「前半はそれでええとして、後半なんなん、そんな話聞かされてないけど」
「放っといたらええねん、あんなやつ」
「で、治は自分の店持つ…とか考えてるん?」
「…せやなぁ、ゆくゆくは自分の店持つってのが目標やなぁ」
治はすごいなぁ
こんな風に明確なビジョンがあって
私は料理すんのは好きで、人に喜んでもらえるのは嬉しいけど
自分の店持ちたいとか、食に携わる仕事がしたいって言い切れへんから、進みたい道がしっかり決まってる侑も治も羨ましい