第12章 移ろう季節
及川さんは卒業したら、日本を離れアルゼンチンのチームでプレーすると言っていた
及川さんと浅からぬ関係の歩には伝えてんのかと思ったけど
なんせ烏野まで彼女を迎えに行くくらいなんだから
でも彼女の口振りからして、何かを知っている様子はない
「いや、なにも…こっちの話」
「なんやそれ!てか及川さんとか連絡先すら知らんから」
彼女は笑いながら言う
そうなんだ、連絡先すら知らないのか
それを聞いて少しホッとしてる自分がいた
カフェに着くと、平日の…しかも昼時でまだお茶の時間には早いということもあり、空席が目立った
俺はこの店の看板メニューである、ホットチャイを2つ買うと、テラス席で待つ彼女の元に1つを置いた
「あ、ありがとう!いくらやった?」
彼女が財布を取り出す
「いいよ」
「でも…」
「じゃあさ、今度今日買ったスパイスで作ってよ。歩の手作りチャイ」
「分かった、そうとなったらこの店のチャイの味しっかり覚えて帰らんと…」
彼女は蓋に空いた小さな飲み口にフーフーッと息を吹きかけて、一口チャイを飲んだ
「…うま!やっぱシナモン結構利かせた方がいいなぁ…国見ちゃんは?もう少し甘いのがいいとか何かある?」
「んー、逆にもう少し控えめでもいいかも」
「ふむふむ、他は好きな食べ物とか?」
「え、俺の?急に言われても…」
「スイーツは?甘いの好き?」
「普通…かな、あ、でもあれは好き」
「どれ?」
「塩キャラメル」
「塩キャラメル?!作れるかな…」
彼女はブツブツ言いながら、スマホのメモ機能に何かを打ち込んでいる
「ーで…さっきの続きだけど、何があったの?」
改めて訊ねると、彼女はスマホを机に置いてバツが悪そうな顔をしながら口を開く
「へへ…いや、ほんま大したことちゃうねんけど…引かへん?」
「…初対面思い出しなよ、失恋して他校の体育館裏で泣いてたくせに、何を今更」
俺が言うと歩は
「ちょ、やめてー!蒸し返さんといて!」
と両手で顔を押さえる
「だから、俺には何でも話せばいいじゃん」