第12章 移ろう季節
「そう言えば稲荷崎戦で思い出したけど、ちい姉は稲荷崎の方応援してたよな」
スプーンを口に運びながらみつきが言う
「あれやろ?ふたばは治くんを応援しとったんやろ?あんたは昔から治くんに懐いてたからなぁ」
お母さんの会話から次女の名前が"ふたば"であるということが判明した
みつきの言う"ちい姉"と言うのは名前由来ではなく、小さい姉…つまり"ちい兄ちゃん"的発想なわけだ
「ほんまそれ、ふたばが小1の時、治と一緒やなかったら学校行かへんゆーて、結局治が卒業するまで毎日、家まで迎えに来てくれとったんやで」
歩が僕に向かって解説してくれるけど、宮治の話を楽しそうにしているのは、やっぱり少し妬いてしまう
僕と出会うまでの時間のほとんどを、彼らと過ごしてきたのだと思い知らされるから
その後も橘家の女性たちは、賑やかに話しながら食事を続ける
僕は兄ちゃんと二人兄弟だし、こんな風に賑やかな食卓は新鮮だった
それに学校とはまた違う歩の一面も見えたりして、そんな姿を微笑ましく見ていた
「歩のお母さん、今日はご馳走様でした。僕はそろそろ…」
今日はド平日で、また明日から朝練も学校もある
あんまり長居するのは歩の家族にも、彼女自身にも負担がかかる
そう思って席を立とうとした時
「ただいまー」
玄関から男性の声がした
「あ、父ちゃんやな」
「ほんまや、ちょうどいいとこに
蛍くん、歩のケーキもあるしお父ちゃんに送ってもろたらええわ」
歩のお母さんが言う
待って待って待って
お父さん?
この女系家族に圧倒されて、すっかり父親の存在を忘れていたが当然歩にもお父さんはいるわけで…
ただ突然、彼女のお父さんと2人きりで車は正直キツイ
「いえ、そんな…ご迷惑ですし歩いて帰ります」
「そんなことないよ、それに蛍くんは可愛らしい顔してるし、夜道は危ないから
お父ちゃーん!」
断る僕をリビングに残してお母さんは玄関に行ってしまった
やばい…
「歩…ついてきてくれるよね?」