第9章 春高!
やば、トイレに長居し過ぎた
小走りでみんなの元に向かうとなんか様子がおかしい
ざわついてる感じがする
「あ、歩ちゃんっ!」
私に気づいたやっちゃんが駆け寄ってくる
「ごめん遅くなって」
「ううん、違うの!あのねっ大変なのっ!日向のシューズが!」
私の両腕を掴みながら、やっちゃんが大声で言う
「日向のシューズ?」
状況が理解できず首を傾げていると、山口くんが
「さっき駅でトイレ行った時に、日向のシューズの袋と子供が取り違えたみたいで、日向のシューズがないんだ」
と説明してくれる
「えええ!?翔陽シューズないん?!」
「で、連絡ついたから今清水先輩が取りに向かってくれてて」
やっちゃんが言う
「ごめんっ!私がもっと早く戻ってたら私が行けばよかったのに、潔子さんに行かせるなんて…」
「ううん、清水先輩ね…清水先輩がいない、心細いこの状況に慣れてねって言って出てったの。だから多分歩ちゃんがいても、清水先輩は自分が行くって言ったと思う」
潔子さん…
春高が終われば、3年生は引退
潔子さんも引退
やっちゃんと私だけになる
昨日のお風呂での会話を思い出す
「分かった、ほな下に降りて準備しよう。潔子さんが戻ってきたら、すぐに翔陽にシューズ渡せるように」
潔子さんが私たち1年生のために走ってくれてる
その気持ち絶対繋げる
公式ウォームアップが始まり、コーチが指示を出す
私はボール出しに専念して、やっちゃんに潔子さんが戻ってくるのを待つようにお願いした
しばらくすると「仁花ちゃんっ!」と潔子さんの声がする
振り向くと潔子さんの手から袋が投げ渡され、それをやっちゃんがキャッチする
こうして次の世代にバトンが渡されていく
潔子さんが拳を前に突き出すと、それに応えるように3年生の3人が握った拳を掲げる
3年生たちが築いてきたかけがえのない時間
それの集大成が、今日ここ
翔陽が受け取ったシューズを履いて
「ハァァ!俺のシューズ!今なら5メートルくらい跳べます」
と目を輝かせる