第8章 それぞれの春高まで
俺が答えると橘さんがピタっと立ち止まる
「それ…誰に言われた?」
「…稲荷崎の宮さん…」
「…アイツ…」
そう言って橘さんは遠くを見つめる
「あのさ…その…宮さんと付き合ってたのか?」
気付いたらそう言っていた
俺の方を振り向いた彼女が驚いたように目を見開く
ああ、本当なんだな
「そうやで」
悲しそうな顔で笑う彼女
何があったか聞けない
聞いてはいけない気がした
「侑が…どういうつもりで影山くんにそんなん言うたかは分からん。でも…それを言われた影山くんは何か思うトコあった?」
「さっき烏養コーチに、スパイカーが打ちやすい以上に最高のトスはないって言われたんだけどよ、橘さんは、スパイカーが打ちやすいトスとスパイカーに合わせるトスって同じだと思うか?」
「難しいこと言うなぁ…でも多分スパイカーに合わせるトスのことを侑が"おりこうさん"やと言うたなら、打ちやすいトスは必ずしも合わせるトスではないんかもしれんな」
「でも俺がもし、やりたいようにやってしまえば…それじゃ昔の俺と変わんねぇんじゃないかって」
「昔?中学時代に王様って呼ばれてたってやつ?」
「…ああ」
橘さんはうーんと唸って
「その時のことは知らんけど、さっき影山くんはやりたいようにやってしまえばって言ったやん?本当はもっとやりたいプレーがあるってこと?」
そう言いながら、俺の方を見て首を傾げる
真っ直ぐ射抜かれるように見つめられて目が離せない
「やればいいやん、やりたいように」
「…そんな簡単に」
「簡単やとは思わんけど…思ってることがあるならみんなに言ったらいいと思う…もしそれで言い合いになったとしても」
「…橘さんとは違う」
「え?」
「俺は橘さんみてぇに、友達が多くてコミュニケーション能力高い人とは違う。思ってること何でも言い合えばいいなんて、橘さんみたいな明るい性格だから言えんだろ」
ハッ…やべ…
相談乗ってもらってるくせに、つい棘のある言い方をした
そう思ったけど橘さんは少し困ったように笑った
「…影山くんは私のこと、明るくて何でも思ってること言える人って思ってる?」
「なんだよ、そうだろ?」