第8章 それぞれの春高まで
その日の練習が終わり、すっかり辺りは真っ暗になっていた
最近特に日が暮れるのがかなり早い
今晩は雪になるなんて予報らしい
「お疲れしたー」
次々とみんなが体育館を後にする
モップを片付けて戻ってきた橘さんが近づいてくる
「朝、なんか言おうとしてたよな?帰りながら聞こうか?」
「ああ、すぐ準備してくる」
そう返事をする
帰りながら…
一緒に帰るのか
浮き足立って体育館を出ようとした時
「影山!」
烏養コーチに呼び止められる
「はい」
「ユースの報告は聞いたけど、なんつーか…どうだった?」
「?」
「悩み事とか…」
「ないっス」
「あ、そう」
そう言えば…
烏養コーチにも言ってみるか…
「"おりこうさん"ってどういう意味だと思いますか?褒められてはいないと思うんですが」
「ほう!お前が言われたのか?」
「ユースの他のセッターに」
そう答えると、コーチは少し考えて
「…スパイカーが打ちやすい以上に最高のトスは無い、うちのジジイに散々言われた事だ。実際それに尽きると思うし、そこだけは迷う必要ねぇよ」
そう言った
スパイカーが打ちやすいトスとスパイカーに合わせるトス
これは同じなのだろうか
…及川さんならどうする?
あの人はスパイカーの最大値を引き出すトスを上げる
それは必ずしもスパイカーに合わせるトスではないはず
…赤葦さんならどうする?
…孤爪さんならどうする?
…宮さんならどうする?
…俺なら
俺は、俺のやりたいようにやって
その結果チームメイトから拒絶された
でも今のままでは俺は"おりこうさん"なのだろう
わかんねぇ
何が正解かわかんねぇ
それにまたやりたいようにやってしまったら
それこそ俺は独裁の王様に逆戻りじゃねぇか
モヤモヤと考えながら着替えを済ませ、部室を出て階段を降りると橘さんが待っていた
「悪りぃ、遅くなった」
「ううん、大丈夫」
俺たちは自転車置き場に向かって歩き始めた
「さっき…コーチと話してんのちょっと聞こえたんやけど、合宿で誰かになんか言われたん?」
橘さんが言う
「あ、うん…なぁ橘さん、おりこうさんってどういう意味だと思う?」