第13章 ハナミズキ
I列の、5と6の席。
目視で確認して煉獄さんと座る。上に上がった座席を手で押えて座る。「奇妙な椅子だな!」と煉獄さんが驚いている。
緊張する。
私はエスカレーターに乗っている時よりも手が震えていた。始まる前からこんなことでどうするんだ。しっかりしなくちゃ。私は温かいシアター内にも関わらず、自分の冷えた指先に吐いた息を当てた。やはり怖い。お腹が痛くなってきた。
私は気持ちを落ち着かせるため、シアター内を見回した。
結構混んでいる。上映が始まってからしばらく経つというのに、やはりまだ人気は衰えない。レディースデーということもあって女性客が多かった。私は隣にいる煉獄さんが見つからないかヒヤヒヤする。ふと隣にいる煉獄さんを見ると、煉獄さんはまるで気にしていない様子で、それどころか初めての映画館にとても楽しそうに目の前に流れる予告を見ている。
BTSの映像が流れると隣の煉獄さんは彼らのダンスに「む、これが今の流行りの異国の者か。素晴らしいな。」と言い、ドラえもんの上映前の注意点を見れば「愉快なたぬきだな。」と言い、映画名探偵コナン緋色の弾丸の予告では「なんという気迫の少年だ。」と頷いた。
「ちょ、煉獄さん静かにっ」
「すまない!」
見るもの見るものに反応する煉獄さんに私はそう言って注意する。そして、煉獄さんが私の言葉に口を押える。無意識に話してしまっていたようだ。煉獄さんが目を丸くして謝るのについ笑ってしまった。すると煉獄さんが柔らかく微笑む。
「中彩は笑っている顔の方が良い。」
その表情は本当に愛しいものを見るような色をしている。私は先日の煉獄さんの言葉を思い出して恥ずかしくなって目を逸らした。
「か、からかわないでください…」
小さい声で煉獄さんにそういうと、煉獄さんが近くに寄った。煉獄さんの肩が私の肩と触れる。大きな掌で私の頭を撫でて頬を寄せ「からかっているように思うのか?」と私の耳元で囁いた。
近づいた顔に私が慌てて振り向くと、その瞬間、シアター内が暗転して煉獄さんの表情も見えなくなった。煉獄さんが画面に向き直る。私も後を追うように視線を移した。
御館様が、誰かの名前を呼ぶ。
ひとり、ふたり、さんにん、よにん…
「いつまで……ここに足を運べるものだろうか」
映画が始まった。