第13章 ハナミズキ
俺は中彩の言葉に少々拍子抜けをする。
「構わないが、なぜ君がそんなに辛そうな表情をするのだ。」
映画を見る、ただそれだけの事になぜ中彩がそんな顔をするのかが理解出来なかった。君は何を考えているのか。俺は、中彩の揺れる瞳を見つめ、彼女の言葉を待つ。
「私、今のままでは煉獄さんの気持ちに応えられないと思うんです。」
俺は中彩のその言葉に頭を強く打たれたような衝撃が走る。応えられないとは、どういうことなのかと思いが錯綜する。俺は中彩の言葉で瞬時に荒れる胸の奥を落ち着かせた。彼女は、俺の気持ちに応えることが出来ない、その一言でこんなにも落ち着きが無くなる自分を俯瞰することすら出来なかった。言葉を失う俺に中彩はゆっくりと続ける。
「煉獄さんのこと、私、全然知れてないと思うんです。だから、せめて、ちゃんと、皆が煉獄さんを知っているように、煉獄さんのことを知らないといけないと思うんです。鬼滅の刃の中の、煉獄さんのことを。ものすごく、ものすごく怖いけど…」
中彩の声が小さくなる。俺が前の世界で過ごした時間は君との時間には何も関係がない。俺はそう思っているが、なるほど。彼女は、彼女なりに俺の事を考えてくれているのかもしれない。相変わらず真面目なところがある、と俺は苦笑する。そして、完全に拒絶されたわけでないことを知って安堵した。全く情けない。
「君が見たいというのならば、俺も共に見よう。」
その後で、俺とのことを考えたいというのであれば、俺は待つ。と伝える。中彩は俺の顔を見て、とても申し訳なさそうな顔をした。俺はそんな中彩の頭に掌を置き、続けた。
「それならば、早くアニメを見終わらねばな。」
残り数話。数時間もあれば見終わるだろう。俺の言葉に中彩はただ頷いた。彼女の表情は曇っていたが、それ以上追及はしないでおいた。
その日、俺と中彩はアニメ鬼滅の刃を全て見終えた。俺が画面に映る度、中彩は集中するように眺めた。画面に映る俺と、君の隣にいる俺と、何も違いはない。画面の中にいる俺は、君に出会う前の俺であるということ、それ以上でもそれ以下でもない。だが中彩にとってはとても大切な事だと言わんばかりに、ただ集中して、静かに見ていた。