第10章 夢の中で
「おい待てよ、君は麻衣のことが好きなのか?麻衣のこと、教えてやろうか?コイツの好きな攻められ方とか、体位とか。」
「俺は君の言っていることがよくわからん。」
男の言っている言葉の意味は本当によく分からなかった。だが俺は、相手の男の言う言葉が、中彩を傷つけ侮辱する類のものだということはわかった。そして俺は同時に先程電車の中で見た、不快に思う相手に対して「別の種族・違う星の生物として接する」という一種の対処法を思い出す。
この男は鬼だ。
己の欲のままに、人を傷つけることを何とも思わぬ鬼だ。だが、この世界で実際に斬ることは出来ない。この男の首を落としてやることも叶わない。ならば、一刻も早く中彩を連れてここから立ち去ろう。
「君の話に興味はない。」
中彩が過去どのような事があったか、全てを知ることは叶わないだろう。だが、俺の中彩への思いが変わることはない。中彩がこの男を断ち切ると決めたのだ。ならばもう俺にとって、何の相手でもない。
お猪口に継がれた酒の表面がゆらゆらと揺れる。良い香りだ。中彩の選んだ酒や肴はとても美味かった。
酒
それを見た時、思い出したのはやはり父上だ。どのように過ごされているだろうか。元気に、過ごされているだろうか。
目の前の中彩はそこまで飲んでいないだろうに、早くもうつらうつらとしている。張り切って酒を飲もうと言ったのは彼女のはずだが、思いの外酒には弱いらしい。俺は、父上の血を譲り受けているのか、特に変わりがない。
「中彩、しっかりしろ。」
「煉獄さんん…助けてくれてありがとうございましゅ…」
「ふっ…」
とろんとした中彩の顔に俺は、つい吹き出してしまった。顔を真っ赤にしてよだれを垂らしている。中彩のことだ、ついこの間まで気まずい雰囲気が脱げないことに気を使って、酒を飲もうなどと話したのだろうが、これではどうしようも無いな。
俺は、そっと中彩の口からこぼれているそれを指先で拭ってやる。その濡れた指先を自身の唇で受ける。そこまでして俺は、酒が急激に回るのを感じた。
「お、俺は何を…//」
ふるふると我を取り戻しては店員を呼び会計をする。そして中彩を背負い、俺は店を後にした。