第10章 夢の中で
俺は、中彩を意識している。斉藤少年に言われた後、稽古中、中彩へのLINEの返事を返す時、待ち合わせしたカフェに向かう時、座って本を読みながら中彩を待つ時、その言葉を何度も、何度も反芻した。今まで収まらなかった熱に名前がつき、暴れ回るものの正体を見据えることができるようになった。
だが、まだいかにしてこの気持ちを落ち着かせることが出来るのかは分かりかねた。俺は、途中の電車の中、スマホで「人を意識しない方法」について検索した。「別の種族・違う星の生物として接する」「やるべきことに意識を集中させる」など、その方法が主に不快に思う相手に対する対処法だったため、俺は歯がゆく思う。インターネットはまだ扱いが難しい。
だが、検索せずともわかっていた。俺は、俺の中彩への気持ちを抑える方法を持たない。否、方法があったとしても実行することは叶わない。恋仲になりたいと考えているのだ。まだ出会って間もない、自分を助けてくれた恩人とも呼べる女に浅はかにも好意を寄せているのだ。斉藤少年は、人を意識することは良い事だと言った。うむ、今のところはその言葉を信じることとしよう。
そう思いながら中彩を待ち、殆ど読めていなかった本から顔を上げると、ガラス越しに中彩が知らない男と話していることに気づいた。もう到着していたのか。だが、隣の男は何者だ?俺は心を落ち着かせる。胸の違和感が激しくなるのを抑えながら、店を出る。中彩の表情はよく見えなかったが、中彩と話す男の表情には心が当たりがあった。あれは「女を意識している男の顔」だ。俺は心の炎が燃えるのを感じた。
店を出て中彩の元へ行くと、男が中彩に手を伸ばし、あろう事かその手で中彩の頬を撫でていた。俺は、深く息を吐く。
「すまないが、その手を退けてもらおう。」
俺は、中彩の手を引いて男から引き剥がした。見ると中彩の表情は俺が見た事のないような表情をしていて、戸惑う。胸に針が刺さる感覚がある。どうしてそのような顔をしている。この男を好いているのか?だが、中彩はまるで目の前の男から助けを求めるように俺の背中の服を引いた。俺は相手を真っ直ぐと見据える。相手が何だろうと、中彩を傷付けるものならば、俺は守る。