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どうか笑って。【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】

第8章 初めての料理


彼氏。私はその言葉を喉の奥に押し込む。そして、仕事を片付けながら私は同じフロアの少し離れた場所にいる男性を見た。名前は島田。もう定時はとっくに回っているが、彼もまだ仕事をしていた。その男性は笑った顔がとても素敵で、周りからの信頼も厚く、常に人の中心にいるような人だ。打ち合わせ終わりだろうか。島田は上司と一緒にやはり笑いながら自分の席に戻ってくる。

彼は私の元彼だ。同じ社内恋愛で数年付き合ったあと同棲、結婚の手前まで行ったものの、結局上手くいかずに破局してしまった。お互いが相手を思っていたにもかかわらず、どうしても歩みよることは出来なかった。男と女だ、理屈や理論だけじゃどうにもならないのが世の常、私は時間という高い勉強代を払って彼と別れた。もう暫く経つというのに、今もこうして無意識に彼を目で追ってしまう自分がいる。もう忘れよう、と考えるのすら諦めた人だ。

「よし…」

私は仕事を一段落させた。時刻は21時。これでも今日は早い方だ。

事務仕事は同じ姿勢でいることが多いため、すっかり肩がこってしまう。足のむくみも酷い。私は項垂れるように身体を動かし、席を立った。目の端で元彼を無意識に探す。すると探していた元彼は廊下の向こうから歩いてくる。コーヒーを買って帰ってきたようだった。彼と目が合う。

「麻衣もまだ残ってたんだ。おつかれ。」

「う、うん。島田もお疲れ様。無理しないでね。」

「サンキュー」

彼の微笑みに胸がドキドキと高まる。これは、恋ではない、愛でもない、ただの未練と言うやつだ。だが、未練というものはいつまでもいつまでも胸に引っかかって囚われる。今はもうどうしようもないことをずっと考えさせる。私は思いを振り切りスマホを取り出して煉獄さんにLINEを送る。

「今から帰ります。」

「承知」

煉獄さんからの返信は直ぐに来た。私の帰りを待っていてくれてるのかもしれない。私は自然と笑みがこぼれた。最近、寂しいと思う時間が無くなった。煉獄さんが生活になじめるように手を貸すのに忙しかったから。また、煉獄さんの真っ直ぐな言葉に少なからず、いや、大いに私は励まされているのだ。私も、前より心が強くなっているのかも。今は難しいかもしれないけど、私も煉獄さんみたいに真っ直ぐな気持ちで前を向きたい。

私は定期券を取り出すと、まだ寒い風の吹く夜を足早に家へ向かった。
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