第6章 心のむずかしさ
ぎゅっと目を瞑った。私の意志ではない。反射だ。元来人間に備わった機能がこんなところで情けなくも発動した。目を瞑ったところで避けなければ意味がない。じゃないと刺さって血が出て、痛い痛いになって…最悪死んでしまう
…あれ、痛くない。
私はそこでパチっと目を開ける。見ると、私に真っ直ぐと振り下ろされていたナイフは私の頭上で止まっていた。隣にいたはずの煉獄さんが花子ちゃんと私の間に立ち塞がって、止めてくれたのだ。煉獄さんは花子ちゃんの腕を掴んでいる。
「…このなまくらでは俺は切れん。」
煉獄さんが低く、低く呟いた。
その瞳は真っ直ぐ花子ちゃんを見つめている。いつも明るい煉獄さんのこんな表情を初めて見る。
「花子少女、どうしたというのだ。このようなことをするのには、何か理由があるのだろう。」
煉獄さんは静かに言いながら掴んだ花子ちゃんの手からナイフを逆の手で抜いた。花子ちゃんは煉獄さんの言葉にへなへなとその場に座り込んでしまう。煉獄さんは花子ちゃんから奪ったナイフをじっと見つめる。
「これを中彩に振り下ろしたら、中彩がどうなるかを知っているだろう。」
よく見るとなかなかに立派なナイフだ。これが刺さっていたら大怪我をするところだった。私は今更ながら自分の手が緊張で冷たくなっていることに気づいた。
「…」
黙る花子ちゃんはどこか遠い目をしている。煉獄さんの裾を掴んだ。
「待って煉獄さん…あの」
「中彩、君の話は後だ。今俺は花子少女と話している。」
煉獄さんは冷たい視線で花子ちゃんを見つめた。そんな煉獄さんと私を見て花子ちゃんはわなわなと震える。
「…杏寿郎は……杏寿郎は私のものなのに!!!!」
花子ちゃんの声は怒り、悲しみ、憤り、嫉妬、黒く黒く、でも、自分でもどうにもすることの出来ない、深い深い悲しみを含んでいた。私はその気持ちを知っている。胸が締め付けられて、必死に振り払っても追いかけてくる、夜になって朝が来ても、どうにもならない、本当にどうにもならないその気持ちを知っている。
「わからん。」
煉獄さんはきっぱりと静かに言った。
「心の炎は、大切なものを守るためにある。君の俺を思う気持ちがどうであれ、そのために人を傷つけんとする君のことを、俺は理解することができない。」
私は煉獄さんの言葉に黙ってしまった。
