第6章 心のむずかしさ
道場に戻ると、煉獄さんは私に気づいて皆に声をかけ休憩に入った。私が見学していた時と様子が変わって、皆へろへろになっている。どれだけ扱かれたのだろうか。稽古が厳しいという噂は本当のようだ。煉獄さんに聞くところによると、もうあと数十分で稽古は終わるらしい。一日の稽古時間は平日ということもあって短い。
「中彩、終わったらどこか飯を食べに行こう。」
「いいですね。何が食べたいですか?」
「中彩の知る店はどこもうまい!任せる!」
「ふふ、わかりました。」
煉獄さんが嬉しそうにしている。この近くになにかお店あったかな、煉獄さんが疲れなければパルコにでも行って美味しいお魚定食でも食べようか。
私はそう考えながら汗をかく煉獄さんにタオルを渡す。煉獄さんは「ありがたい」と言ってタオルを受け取った。ふと視線を感じた。その方を見ると、離れたところから花子ちゃんが見ている。刺すような視線に私は上手く笑えなくなる。先程の会話を思い出して気持ちが暗くなる。
「中彩、どうかしたか。先程から様子がおかしい。何かあったのだろう。言ってみろ!」
「いやっ、なにも!なにもないです!」
「む…」
煉獄さんは私の顔を覗き込んで納得しないようだったため、私は自分の頬を指で引っ張り「にぃー」と無理やり笑った顔を見せた。我ながら幼い。そんな私を見て煉獄さんは「何もないなら良いのだ!」と言った。何も考えていないようで相変わらず鋭い。
私は煉獄さんに渡す予定のスマホの紙袋を見た。煉獄さんは私の視線を追うように私の手に持っているそれを見る。綺麗で無機質な雰囲気のある清潔な紙袋に興味津々のようだ。
「それはなんだ?」
「ご飯の時までお楽しみです」
「なに!!!楽しみだ!」
煉獄さんは私に微笑むとよし、と腕を組み、ヘロヘロになっている皆に「最後に気合いを入れろ!」と声をかけ、稽古を再開した。
私は稽古場の端に体育座りで腰掛け、皆の稽古を見ていた。煉獄さんが打ち合っている姿を初めて見る。動きが素早い。人並外れた身体能力だ。私は煉獄さんを助けた初日のことを思い出す。重たい刀を持っていた。日輪刀といったか。あれだけ重たい刀を振り回していたなら、竹刀など軽すぎて仕方ないのだろうなと思う。
ふと、花子ちゃんはどこだろうか、と思い稽古場を見回したが、どこにもいなかった。
